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第五話 勇者の願い

 ――メールを受信しました。


 ガタッ!

 突然脳裏に浮かんだその見慣れたウィンドウと文字に、脳裏に響いたその聞き慣れた音声。

 ぼんやりと黒板を眺めながらチョークが刻む音を子守歌代わりに微睡んでいた俺は、思わず椅子から立ち上がってしまっていた。

 そしてその音に驚くようバランスを崩し、踏み台から足を滑らせて尻もちをついた桃ちゃん先生が涙目になりながら俺を見つめてくる。上目づかいで、ちょっと怯えた感じで。やばい可愛い。


「なっ鳴神くん、どうしました!? せっ先生何か間違ったかな? 怒らせちゃったかな!?」

 桃ちゃん先生……俺のクラスの担任の春野桃花(はるの ももか)先生が小動物のようにビクビクと震えてながら俺へとそろりそろりと近づいてくると、俺はその頭を撫でて心を落ち着ける。周りからは「蓮っ!テメェ!」「桃ちゃんに何するの!」と男女問わず罵詈雑言が飛んでくるが気にせず深呼吸。


 この小学生のような容姿のちんちくりんな桃ちゃん先生は、俺に頭を撫でられて「ふにゃあああ」と顔を蕩けさせている防御力ゼロの桃ちゃん先生は、俺のクラスの担任にして、この私立那楼学園のアイドルの座を五年連続で首位独走し続けている合法ロリ美少女なのだ。

 桃ちゃん親衛隊の情報によれば身長138センチで体重はリンゴ3つぶん。スリーサイズは本人のためにも数値化しないことが鉄の掟とされている。レディーススーツを着てはいるが他校の制服と言われても違和感がない……というか教師と言われるほうが違和感が凄いその風貌で、性格は極めて温厚で真面目。「まずは教師が校則を守らないと」と肩まで伸ばしたサラサラの黒髪に大きな瞳。装飾品と言えば、その薬指に光る指輪程度だ。

 そう、薬指の指輪。

 この合法ロリは人妻属性まで持っているのだ。ただし現在は一人暮らし。噂によれば夫は単身赴任中とのことだが、未亡人らしい、なんて情報まで飛び交い、その人気に拍車をかけていた。

 今までは「揃いも揃ってバカな事やってんなぁ」と呆れていた俺だが、異世界での恋愛経験を経て、今では桃ちゃん先生の可愛さというものがなんとなく理解できるようになってしまっていた。


 なんて具合に長々と桃ちゃん先生を熱く語って心を落ち着けた俺はなんとか授業を切り抜けると「蓮テメェ!さっきのは何だ!」「蓮くんは無害だと思ってたのに!」詰め寄るクラスメイト達から逃れるように下校する。今のが最後の授業で助かった。今はとにかく人気のないところへ駆け込みたかった。


 脳裏に浮かぶ見慣れたメッセージウィンドウ。聞き慣れた音声。

 だがそれは『この世界』ではありえない、あってはいけない物のはずだ。

 普段の帰宅ルートを外れて暗い路地裏へと入ると、俺は恐る恐る魔法の言葉を口にする。


 ――システムウィンドウ オープン。


 その言葉に反応するように、目の前にぼんやりと光る半透明のウィンドウが表示された。

 表示、されてしまった。『あの世界』と同じように。

 「……どういうことだよ、これ」

 もう夏も終わろうというのに、体からは嫌な汗が噴き出して止まらない。

 メールボックスのアイコンが着信を告げる明滅を繰り返し、俺は震える手でなんとかそれをタッチすると、別窓で長い文章が表示された。


 ―――――――――――――――――


 From 勇者救済システム

 件名 帰還勇者救済プログラムを開始します


 本件は自動送信されています。

 本メールへの返信はできませんのでご注意ください。


 勇者の皆様、異世界の旅お疲れさまでした。

 こちらは勇者救済システムです。


 まず始めにお伝えしますが、異世界召喚に関しては当システムは一切関与しておりません。

 異世界召喚はあくまでも、異世界の特定の人物や団体、あるいは神といった存在の為した事象であることをご理解ください。


 帰還勇者救済プログラムについて


 異世界から帰還された勇者の皆様は今ご覧になられている通り、異世界の影響をこちらの世界まで持ち込んでしまっている状態にあります。

 その状態を維持された場合「ゆがみ」によって、勇者様とこちらの世界の寿命が大きく縮むことになってしまいますので処置をする必要があります。


 勇者の皆様が異世界のシステムなどを持ち込んだ原因としては、召喚者の願いを叶えた『対価』としての『願いを叶える力』が挙げられます。

 ですがその力はあくまでも異世界の物であり、こちらの世界で使用するには『力』が足りない状態となっております。


 それは勇者の皆様全員分集めて、一つだけ『願い』を叶えることができる程度です。


 上記の理由からゆがみを効率的に解消するため、勇者様の中から一名に『願いを叶える力』を集めて『願い』を叶えていただきます。


『願いを叶える力』は『願いのカケラ』として皆様のアイテムボックス内にあります。


『願いのカケラ』は互いに引き合います。

『願いのカケラ』は譲渡可能です。

『願いのカケラ』を持った状態で死亡した場合、一番近くにいる勇者様へ譲渡されます。

『願いのカケラ』を喪失した勇者様は、生死に関わらず『帰還勇者救済プログラムの一連の記憶』と『願いを叶える力』を失った状態で帰還時へと時間が巻き戻されますのでご安心ください。

 

 選考期間は一週間とさせていただきます。

 選考期間を過ぎますと、『願いのカケラ』が回収、消去されますのでご注意ください。


 それでは帰還勇者の皆様のご健闘をお祈り申し上げます。


 ―――――――――――――――――




「……っ!」

 一体どれくらい長い間そうしていたのだろう?

 流れる汗が目に入った痛みでやっと我に返った俺は、辺りがすっかり暗くなってしまっていることに気付いた。軽く肌寒さすら感じるというのに全身が汗でずぶ濡れになっており、思わず苦笑が漏れてしまった。

 異世界転移なんて経験をしたから、よっぽどのことがない限り驚かないくらい精神的にも強くなったと思っていたというのに、帰還早々、なんだこれは?

 

「これが……『願いのカケラ』。 願いを叶える……力」

 メール画面を閉じてアイテムボックスを呼び出した俺は、そのなかに一つだけ収納されていた『願いのカケラ』を取り出す。

 水晶のように透明でゴツゴツとした小さな石のようなソレは、薄くオレンジ色に発光していた。

 その光の色は、転移の際に生じるあの光ととても似ていて、最後にアイツと見たあの光景の輝きを俺に思い出させて、そのカケラの存在感が否が応でも『帰還勇者救済プログラム』とやらを信じさせてくる。


「俺の……願い」


 そんなの、ひとつしか思いつかなかった。


 アリア。

 お前を生き返らせる。


 こちらの世界で生き返らせることができればそんなに嬉しいことはないが、そこまで高望みはしない。

 向こうの世界でもいい。

 アリア、お前に、俺とお前で掴んだ未来を生きてほしい。


 俺が願いを叶えるんだ。

 他の勇者にも願いはあるだろうが、これだけは譲れない。

 何をしてでも、そう、奪い取ってでも全ての『カケラ』は俺が集める。

 絶対に俺が願いを……


「願いを叶えるのは、私。あなたはここで死んでください」


 声がした方向へと目を向けると、暗くなった路地裏の入り口に輝くオレンジ色の光。

 その手に『願いのカケラ』を握りしめた、セーラー服を着た一人の少女が立っていた。

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