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第三話 久しぶりの、いつもの日課 後編

 シン……と静まり返る道場に、俺のゴクリと唾を飲み込む音が小さく響くと、我に返った俺は頭を軽く振る。


「また負けちまった。やっぱり響兄は強ぇな」

 しかしそんな俺に対し響兄はフッと微笑むと

「そんなことありません。……お見事です。蓮ちゃんの勝ちですよ。蓮ちゃんの放ったナイフは確実に私の心臓を貫いてました」


 その言葉に、俺はビクッと体を震わせる。

 そう、俺は背後の響兄へと手刀を放つ瞬間、その手にイメージしたのは一振りのナイフ。俺は背後への一撃が躱されることを前提に、それを回避した響兄がいるであろう場所へとそのまま投げつけていたのだ。

 それはあくまでもイメージ。無手の訓練においては無駄な、無意味な殺意。

だが『向こう』の俺の殺意は、『いつも』では決して届かなかったはずの響兄の心臓に、深々と突き刺さっていた。


「響兄、俺は、そんなつもりは……」


 そんなつもりは無かった?

アイツの声に背中を押されて。

負けたくないと強く思っただろう。


 勝負を汚すな。俺は、勝った。

 俺は今、確実に実の兄を殺害至らしめたのだ。


「あぁ、響兄。俺の、勝ちだ」

「はい。私の可愛い蓮ちゃん。強くなりましたね。それでは話してください。何があったのか、全部聞かせてもらいますね」


 イメージの中とはいえ自分を殺し、さらにいきなり異世界での冒険譚を話し出した俺に対し、しかし響兄は優しく微笑み、話を聞き続けてくれた。

 決して上手く説明できたとも思えない、何度も言葉に詰まりながらも最後まで話し終えた俺は、ここにきて恥ずかしさのあまり響兄の顔を見ることができなかった。


「信じられねぇよな。俺も、まだ全部夢だったんじゃないかと……」

「私は信じますよ。蓮ちゃんが信じられなくても、私は蓮ちゃんに起きたことは実際に起こったことだと、確信しています」


 響兄の言葉に俺は顔を上げると、そこにある響兄の顔を……見つけることができず、背後から抱き留められていた。

 身を捩るように振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた響兄。

「今の蓮ちゃんは心と体が全然噛み合っていません。『昨日』とはまるで別人です。心が思い描いた動きに体がまったく着いてこれてないのに、心が描く形は、夢や妄想で片づけるにはあまりにも完成されすぎている。蓮ちゃんがどれだけの修練を積んできたのか、どれだけの実戦を潜り抜けてきたのか、私には予想も付きません」

 響兄は俺を強く抱きしめると、耳元で囁くように魔法の言葉を呟く。


 ――よく頑張りましたね。よく、帰ってきてくれました。


 俺は、体から力が抜けるのを感じると


   涙が溢れ出し


  拭おうにも響兄は腕ごと強く抱きしめたままで。


    口からは声にならない嗚咽が溢れ


 俺は大声で泣いた。

 癇癪を起した子どものように。

 響兄の腕のなかで暴れながら、安心感に包まれながら。

 声を上げて泣くなんて、いつぶりだろう?

 溢れ、こぼれ落ちる涙は響兄の腕を濡らし続け、口からは嗚咽と、アイツへの想いが溢れ続け。


「好きだったんだ! アイツが、声が、姿が、心が、全部が! 一緒にいたかった! ずっと一緒にいたかったんだ! アイツが死んでも、アイツのそばにいたかった! 帰ってきたくなかったんだ! 勇者なんてどうでも良かった! 魔王なんてどうでも良かった! 世界なんてどうでも良かった! 俺はただ、アイツにカッコイイとこ見せたかっただけなんだ! アイツに、カッコイイって言ってほしかっただけなんだよ! アイツと……ずっと一緒にいたかった!……帰ってきたくなかったんだよ!」


 子どものように泣き叫ぶ俺を、響兄はずっと抱きしめ続けていた。

 泣き続けて。

 叫び続けて。

 暴れ続けて。


 気付くと、俺は自分の部屋の布団に寝かされていた。

 朦朧とする意識のなかで、アイツが「カッコ悪っ!」と言ってる気がして、思わず笑みがこぼれる。


 ごめんな、俺、泣き虫になっちまったみたいだ。

 明日から頑張るから、今日だけは許してほしい。


 お前に見せたかった世界で、お前の好きなこの世界の歌を歌いながら、お前が好きだって言ってくれた笑顔で頑張るから。


 ――だから見ててくれよ、アリア。


 窓から見える青空が、アイツと最後に見た空に似ていて、俺はまた、少し泣いた。






「……うふっ、うふふふふふふっ」

 子どものように泣き疲れた蓮ちゃんを布団に寝かせたあと、私はひとり道場へと戻り、先ほどの出来事を思い返していた。

「負けた。私が負けた。蓮ちゃんに、可愛い可愛い弟に、殺された」

 ズブリと心臓に突き刺さるナイフの感触が蘇り、溢れ出す笑い声を止めることができない。


 ナイフを隠し持ってるとは思わなかった。

 一夜のうちに成長してるとは思わなかった。

 兄に向けて殺意をぶつけるとは思わなかった。


 いいや、それくらいの事、私には予測できていた(・・・・・・・・・・)


 父は、あの日(・・・)の私の殺意を全て躱しきったのだから。


「うふふふふっ。蓮ちゃん。可愛い可愛い私の蓮ちゃん。早く見せてください。あなたが一体何を想い、何を『願う』のか。あぁ、早く、早く始まらないかなぁ(・・・・・・・・)。うふふふふっ」


 今度からは私も少し本気を出す事にしましょう。

 蓮ちゃんが少しでも早く万全な状態になるために。

 兄が決して越えられない壁だと再認識させるために。


 決して負けたことが悔しいわけじゃないんですからね。


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