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第二話 久しぶりの、いつもの日課 前編

 空気が澄んでいる。

 ここに来ると、まず最初に感じるのはいつもソレだ。

 鳴神流(なるかみりゅう)……父、鳴神刀祢(なるかみ とうや)が作り上げた超実践武術。それを息子たちに叩き込むためだけに作り上げた、小さな、頑丈だけが取り柄の簡素な道場。

 壁の中央には父お手製の日めくり掛け軸が、俺の誕生日に合わせたのだろう『強靭な肉体、それが最高の贈り物 108(とおや)』とドヤ顔でぶら下がっていた。

 その道場の中央で、俺と響兄さんは対峙していた。


 互いに言葉はない。

 一週間に一度、日曜日の朝に行われる実戦形式の訓練。

 鳴神家のコミュニケーションの手段は言葉ではない。その肉体とその技術のぶつけ合いだ。


 久しぶりの緊張感をバネに俺は響兄へ向かって踏み込む。ダンッ!と足が床を叩く激しい音だけをその場に残し、最短距離を一直線に。勢いそのままに右拳を突き出すが響兄に躱されると、そのまま回転するように左裏拳へと繋げるが躱され、腹部を狙って放った右足刀も躱されるが、後方へと回避した響兄を追うようにさらに連撃を繰り出していく。


 攻めのスタイルの俺と受けのスタイルの響兄。

 ガムシャラに攻める俺と、それを受け流す響兄。

 いつもの光景、いつもの感触。


 体が暖まってきたのを感じると、俺は響兄への追撃の手を緩め、呼吸を整える。

 呼吸を落ち着かせるのではない。戦闘に特化するように、激しく、しかし規則正しく整える。

 ここからは『いつもの』ではない『向こう』の俺だ。


 『向こう』の俺がどこまで響兄に通用するのか。考えただけで思わず顔がニヤけてしまい――

「   」

 そんな俺を見て響兄が声をかけようとした瞬間、俺は爆発したように飛び出していた。

 会話のために呼吸を乱すなど、『向こう』の俺が仕掛けるには十分すぎるほどの隙だ。


 地を這うような前傾姿勢で響兄との距離を一瞬にして詰め――全身がギシリと悲鳴を上げる――思い切り地面を踏み込むと、驚いた顔をする響兄の顔めがけて左掌底を突き上げる。

 回避を許さない完璧なタイミング。受け流すことを許さない完璧な正中線への一撃。


 バシィィイイイイイイ!


 その一撃は、響兄の掌によって受け止められていた。が――ここだ――響兄に受け止められた左腕を勢いそのまま曲げて肘打ちへと繋げ、それすらも響兄に止められる。が、左手一本で両手を使わせた俺は、左腕と響兄自身の腕により視界から隠した渾身の右を。今の俺の持てる全てを注ぎ込んだ、最大最強の一撃を。


 ギシッ……


 完璧な死角から一直線に響兄へと突き進んでいた渾身の一撃は、響兄に両手で捕まれた左腕を強引に捻じられることでその軌道を強制的に変えられ、自らの勢いに振り回された俺の体はバランスを崩し、響兄を前にどうしようもない隙を生み出してしまっていた。

 

 だというのに俺は、響兄に俺の攻撃を受け止めさせたことに満足感を感じていたりして。


 攻めのスタイルの俺と受けのスタイルの響兄。

 ガムシャラに攻める俺と、それを斬って落とす響兄。

 いつもの光景、いつもの敗北。多少成長したと言っても、結局いつもの――


 ――諦めないで!


 脳裏をよぎる、アイツの言葉。


 ――諦めないで! キミは勇者なんだ! 最後まで、諦めちゃいけないんだ!


 グッと、誰かに背中を押された気がして。


 俺は下がるでも防ぐでもなく、更に一歩、勢いそのまま通り過ぎるように響兄の背後まで踏み込むことで響兄の手刀を躱していた。

 背後からは驚いたように息を飲む響兄の気配。そりゃ驚くよな、俺も驚いてるんだから。そしてその一瞬の間にも俺の体は動き続け、振り返ることなく、背後の響兄の気配を手刀で切り払う。


 ――まぁ、キミにしては頑張ったんじゃない? 今日は勉強になったでしょ?


 なんて、アイツの父親にコテンパンにされたあの日の記憶が鮮明に蘇り。


 空を切った手刀の先をゆっくり振り返った俺の顔の前には、あの日の大きな拳と同じように。


 響兄の手刀が突き付けられていた。

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