村
畑仕事を終えると、ソフィーに案内されて集落に向かった。ソフィーの村には、46人の獣人と人狼が長として1人、防人として1人の計2人いるらしい。
個体差があるが、人狼は1人で平均的な人間の兵士10〜20人分の兵力があるらしい。獣人は少し敏捷な人間程度に考えれば間違いないだろう。
「はじめに、長のところに行って挨拶をするで。フェルの紹介も兼ねてね。」
「…マウレ以外の人狼と会うの初めてだな、緊張する。」
「らしくないなぁ〜。まぁ、人狼種は気難しい奴も多いいからな、少し覚悟しといたほうがええかもな。」
「これから会う人も気難しいのか?」
「うーん、まぁ会ってからのお楽しみや。」
こいつ、説明するのが面倒くさくなったな…まぁ、いいやもうすぐ着くみたいだしね。
「あの、中央の少し大きな建物が長の家か?」
気のせいか大長であるマウレの家よりでかいように思うのだが…。
「そうだ、私の実家でもあるが…今は妹が長として住んでいる。」
「妹?姉妹いたんだ…マウレ」
(ワガママな上に、面倒くさがりだから絶対一人っ子か末っ子だと思ってた。)
「おい…何か失礼なこと考えとるやろ。」
「いや…まぁ、面倒見はいいかな?俺のこと拾ってくれたしね?」
「いきなりなんやの?それに、何で疑問形なんや?自分もっとウチに感謝すべきやで…。」
「いや、なんかこの頃はどっちが世話をしてるかわかんないし…」
感謝はしている。ただ、マウレが世話をしてくれたのは、最初の2日だけで俺の方が料理が出来ることが分かると丸投げしてきた。2週間経った今では、ほぼ全ての家事を俺が担当している。
「あ…当たり前やろ。ウチは働いとるんやから、フェルはヒモみたいなもんやんか。」
「まぁ、それに関しては確かにそうだね。それに感謝もしているよ。」
「なんや、やけに素直やな…やりにくいわ」
「あのー、マウレ様」
「おっと!ソフィーどうしたん?」
ソフィーが申し訳なさそうに話し掛けてくる。そういえば、ソフィーの存在を忘れていた。
「長様の家に着きましたので、私は一度家に戻って昼食の準備をして来ます。」
「そうか、それでは頼むわ。」
ソフィーが可愛いらしく走り去って行くのを見送り、視線を長の家に移す。
長の家はやはり大長のマウレの家より大きく、立派だった。この辺りは特に決まりはないのだろうか?
「どうしたん?フェル」
「いや、なんにも。」
「じゃあ、中に入るで、付いてきいや。」
マウレはノックをするでもなく、自分の家のように中に入って行く。いくら身内でももう少し何かあるのではないかと思いもするが、こちらの風習に疎いので黙ってマウレについていて行く。
作りはマウレの家と同様の作りではあるが、こちらの方が広く、家具も揃っていた。何よりも、お香のような物が焚かれており、爽やかな匂いに包まれていた。
「マウレ姉さんどうしましたん?」
声の方に目をやると、美しい水色の髪に深海を思わせる深い碧瞳を持つ美少女が大きな椅子に腰掛けていた。髪型はショートで、背丈はマウレより低いが細身であり、可憐という言葉がぴったりくる。
「おー!ベルテ元気やったか?」
「元気どす。でぇ?姉はんはどうしてこちらへ?」
「いや特に、理由はないよ。可愛い妹の顔を見に来たんや。」
「妾は会いたくないでありんす。さて…冗談はさておき、後ろのお嬢はんはどなたどすか?」
お嬢さんと言われて、後ろを見るが当然誰もいない。
不思議そうな顔でマウレ達の方に向き直ると
「ふふ…はははは!ひーひひひひ」
マウレが残念な笑い声を上げていた。
「どうしましたん?頭が緩いのはいつものことやけど…いつにも増して下品な笑い方やわ。」
「ひひ…おい…フェル…お前女に間違えられたんやぞ。もっとなんか反応せいや。」
マウレがベルテを無視して、俺をからかう。
「別に…女に間違えられるのは慣れてるよ。」
初めはマウレにも間違えられていたのだ。まぁ、女性と間違われても仕方ないとも思える顔をしているのだから…仕方ない。
「…男なんですの?」
「ええ…。」
「お前ら…全然おもんないな。」
「で?どなたなんですの?見たところ、妾達の近縁眷族やと思うんけども…」
今度は、ベルテがマウレを無視する。
「それがな…分からんのや。東の森の外れに落ちとったから、拾って来てウチの子にしたんや。今日来たんは、この子…フェルの顔見せの意味もあるんや。」
「珍しいどすね。姉はんが他人を側に置くなんて?まぁ、承知しました。フェルはん…阿呆な姉ですがよろしく頼んます。」
「はぁ…こちらこそ、よろしくお願いします。」
「それでは、用は済みましたかえ?本来はお茶でもお出ししたいところでありんすが…あいにく立て込んでおりまして、この後外出せなあきまへんので、堪忍してください。」
「立て込んどるちゅーんわ。吸血種の阿保のことか?」
「お姉はん…その通りどす。反対されますのん?」
「いや…お前がそうするのが正しいって考えよんやったらまかせるわ。やけど…うちは吸血種の事はやっぱり好かん。」
「それは、わらわも一緒どす。でも、人に対抗するには必要でありんすよ。」
「まぁ、いいわ…難しい事は任せるわ。」
そう言うとマウレは玄関に向きを変えて出て行ってしまう。俺もベルテに挨拶をしてから、慌ててマウレを追った。ソフィーの家に着くまでマウレは一言も話さなかった。