赤い月
暗い…ただ暗闇だけが広がる空間、そんな中を黒い何かが蠢くーーー憎イ…憎ィ…憎イ…我をこんなところに縛りつけた神々が…我を裏切った奴らが……もう何百年…何千年経ったのだろうか…飢えと…寒さに耐え続け時間の感覚さえ失った。死ぬことすら許されぬのだ。
ふと、我を縛りつけている2本の鎖を見る。それは縛る対象によって強さを変える白銀の鎖…力を奪う漆黒の鎖…忌々しい憎むべ き存在。ただ、それだけが自分が生きていることを実感させてくれる。
それを見るたびに激情が自分を支配する。様々な感情が沸き起こる。負の感情のみが我の存在を肯定する。何百年…数千年経とうが忘れることなどない…いつか奴らの首を食いちぎり、腑を引きずり出してやる。
いつもの様に、そう思っていると我の中に異物が混入したらしい…矮小な存在と無視していたが、どうやら我の記憶を喰らっているのだ。感情が徐々に薄らいでいるのを感じる…ただ不思議と不快ではなかった。そうしてゆっくりと意識を手放す。
ーーー気がつくと暖かな感覚に包まれていることに気付く…久しく忘れていた心地よい感覚に目を細める。
目を開けると、見知らぬ部屋にいた。天井は木で出来ており、壁は石材で出来ているようだ。少なくとも日本では中々お目にかかれない作りの部屋だ。
(どこだ…ここ?)そう思いながら身体を起こす。
「おー目覚めたー?」
声の方を見るとそこには、明らかに日本人ではない赤毛の美女が座っていた。人か…いや違う。見た目は人だが…匂いが異なる。嗅いだことのある匂いだ…自分の記憶を遡り思い出す。
(…我(俺)が生み出した半人半獣の眷属か…たしか人狼種だったか? )
しかし、なぜ?我(俺)を封印し勝利した神々ならば我(俺)の眷属など生かしておくはずがない。疑問に思い口に出す。
「何故…ここにいる?」
「神世語…?ああ、君が森に倒れとったから、そのままじゃ危険やと思ってここに連れて来たんやけど、まずかったかな?」
どうやら俺がここにいる理由を聞いたと思ったらしい。まぁ、そりゃそうだ脈略がなさすぎる。
俺は、ここが日本じゃないことは分かっている。だが、俺(我)は混ざり合って混乱しており、自分が人間なのか鎖に繋がれていた化け物なのかもわからない。今は、人間の俺が強く出ているのだろう。
まずは情報が必要だ…
「いえ…助けて下さってありがとうございます。ここは何処の国でしょうか?」
「あー何処の国かは微妙なところやね。ドラゴニア族長国とエルダー皇国…それと神聖ロマニア帝国の3カ国が領有権を争う空白地帯アルマニア森林の東の外れも、外れや。知らないで入ったんか?」
「申し訳ありません。少し…記憶が混乱していてほとんど何も覚えていないんです。名前すらも…」
記憶が混乱しているのは本当だし、今のことは何も知らないので覚えているはずもない。日本にいた時の名前はあるが…おそらく意味をなさないし、何か勘付かれるかもしれないので、黙っておく。
「記憶喪失か…ところで珍しい言葉を使ってるな。神世語なんて話せるのはエルダーのエルフと神使くらいのもんだ…私も一応は下級眷属の部類に入るから喋れるけんども…」
ぐるぅるるる…真剣に話を聞いていたが、腹の音がなってしまう。
「すいません…。」顔を真っ赤にして謝罪する。
「いいって…腹ば減ってるだな。今、飯を作ってやるから待っとれ。そうや…自己紹介がまだやったね。ウチはマウレ ウォルトや。マウレと呼んでや。」
「何から何まで、申し訳ありません。マウレさん」
「いやいや…同じ神さんの眷属同士やん。助け合わんとな。まぁ、まずは飯や。」
(同じ神さんの眷属同士?眷属になった覚えはないが…?)
マウレが食事の準備に行くのを見送ると、一人で思案する…さて、どうしたものか?課題ばかりで頭が痛くなる。考えることをやめ窓から外を見ると赤い月と白銀の月が2つ浮いているのが見えた。
懐かしいような、初めて見るような不思議な気持ちのまま俺(我)は、食事が準備できるまで月を眺めていた。