夕餉
家に帰る前に、殺された獣人達を供養するとベルテが言い出した。ベルテの兵は決死隊であり、流れの獣人や身寄りのない獣人をベルテが引き取り育ててきたらしい。
「人狼と獣人では寿命が違いやすし、兵隊ですから、先に逝かれることはわかっとたんどす。でも、こんなん…あんまりや…ウチのせいやな…ほんま堪忍してぇな。」
そう言って涙を流すベルテ…気丈に振る舞っていたベルテが涙を見せたのは、生き残った獣人達が埋葬と簡単な供養を終えて村落へ戻った後のことだ。獣人の前で弱い姿は見せられないらしい。
「先に帰っとるで…落ち着いたら来いや。食事の準備をしておくからな。」
泣く妹を見ていられなかったのか、目を伏せてその場を去るマウレ。俺もそれに続いた。
家に帰り体を清め、食事の準備をする。ベルテが来たのはそれから1時間以上が経過してからだった。ただ、目は泣き腫らし、遠目で見ても吹っ切れてないことがわかる。
「お待たせして、申し訳ありゃせん。」
「いえ、俺たちもやっと落ち着いたところですから、問題ありませんよ。」
「…踏ん切りはついてへんみたいやな。飯食って早よ吹っ切らなあかんで。…あと、申し訳無いけど、上級眷属の話を教えてほしいんや。もちろん、無理やったら後日でもいいけどな。」
「いえ…大丈夫どす。重要な話やし…」
「…そうか、悪いな。」
全員が席に着くとベルテはゆっくりと説明しだした。
「そもそも、この世界は五柱の大神によって形作られたとされておりやす。」
「5柱?」
「妾達の神で純粋な力と原初を司る無の獣神、人族の神で水と豊穣を司る青の聖神、耳長族の神で風と知恵を司る緑の賢神、洞穴族と龍族の神で土と創造を司る黄の創神、天使族と巨人族の神で炎と破壊を司る赤の破神の五柱のことどす。」
久しぶりに聞いた…我を封じ込めた馬鹿どもに怒りを覚える。どうにか表に出さないようにしたが…
(一応、我も大神に入っているのか。存在しないことにされていると思ってた。)
「ああ、創造神話か…神々は初めに自分の因子だけからなる眷属をお産みになられはった。そして、戦いの後に各氏族が産まれると、眷属には神の御使として各氏族を導く役割を与えたとするのが最も一般的な話しやな」
「そうどす、ここからが本題なんどすが、眷属は神の一部から出来とるわけで、上級眷属は神に下級眷属は上級眷属に攻撃出来へんようになっとるらしいどす。」
「別人格なのに行動が制限されるんですか?」
そんな風に作った記憶はない。それどころか各氏族を導くというのも初耳だ。
「ええ…ただこれは神々が与えたというより、一種の防衛反応だと言われておりやす。」
「防衛反応?」
「例えば、体の一部がそれぞれ意思を持っとるとして体の部位…例えば指が自分の目を攻撃してきたとしたら、当然に止めようとしはるやろ?それと同じようなことが起きとると言われとります。」
「…止めるのは分かったけど、吸血鬼がフェルを攻撃した時は、吸血鬼自身がかなりのダメージを受け取ったで、自分の指が攻撃したとして、自分の指を潰す馬鹿はおらへんやろ。」
「その辺りは、妾もよう分かりまへん。まぁ、無意識の産物ですから…突然に指が魔法を放ってきたら、そのまま逆方向に魔法を反射して指にダメージがあった程度に考えておけばいいんとちゃいますか?」
「なるほどな…でもそれやと神さんアホぽいな。」
…なんか我がアホって言われてるみたいで居た堪れない。
「えっと、それで俺が上級眷属って話しだけど…俺は力も使えないし身体も弱いよ?そんな上級眷属いるの?」
「それは分かりまへん。ただ、他の神との戦いの結果で力を失っていたり、封印されていたりするかもしれまへんし。攻撃出来へんってところで予想しとるだけやから…」
「じゃあ、違うかもしれないってこと?」
「…かなり確証の高い予想だと思いやす。上級眷属だとする要因がもう一つありんす。」
そう言うとベルテはマウレを見る。
「なんや、ウチが関係あるんか?」
「いえ…お姉はんがフェル様に優しすぎるんよ。」
「なんがや?ウチは子供には優しいで…」
たしかにそうだな。ソフィもよく懐いていた。
「ええ…ただ、フェル様は子供というには微妙な年頃でっしゃろ。こんぐらいの年齢なら、行き倒れとったら助けても、住む場所だけ与えて独り立ちさせたと思うんどす。」
「いやいや…そんなことないやろ。」
「いえ、少なくとも三ヶ月も自分の家に置きはるなんて有り得まへん。」
「ん?そうかな?…で?何が言いたいん?」
「眷属はより上位の眷属に惹かれる傾向があるってゆうんは聞いたことあるんとちゃいます?」
「そうか…ウチのフェルへの優しさはその影響ってことか?」
「…可能性の一つでありんすが、その可能性もあるんちゃいますか?」
いやいや、マウレの奴…俺に仕事や家事を押し付けて遊んでたんだぜ。便利だから側に置いただけじゃ…こき使われてるの俺だからな。
「なるほどな…言われてみれば、いくら見た目が女の子みたいでも、性欲丸出しの視線で身体を見てくる男を一つ屋根の下に置くのは不自然やな。」
おい!いつ性欲丸出しの視線で見たんだよ。いや…見たか?気づいてた?いやいや、俺の恥ずかしい話をする場面じゃないだろ。
「まぁ、…上級眷属である可能性があるとしても、今は弱体化していらしゃいますから、今後の戦いは予定通り進めるしかありまへんし、他の者には内密にするんがよろしいかと…変に希望を持たしても…困りやすしね。」
「そやな…まずは討伐隊を倒して…それから細かいことは考えようや。それまで、やることは変わらへん。」
まずは、討伐隊か…そりゃ、そうだ。俺に力があればいいが…今のところ何にもない。足手まといもいいところだ。
少しここから離れて、終わった頃に戻ってきた方がいいかもしれない。
「フェル…自分そろそろ外に避難しいな。近くにおったら危なぁて気になってしゃあないんよ。」
「そうどすね。上級眷属の可能性がある以上は危険がないようにせないけまへん。獣人を奴隷契約させてもええんとちゃいます?」
「なに…奴隷?獣人達にそんなことさせられへん。」
「人の街に行くんでっしゃろ?奴隷以外の獣人を連れて行くのはおかしんとちゃいます?」
「ぐっ…それはそうやけど。
「それに、道案内も護衛もなしじゃ…また行き倒れてまうかもしれまへん。」
「そうだな…正直言って、今回で力不足を痛感した。案内してくれる人がいれば助かるけど…奴隷はきがひける…。」
マウレの顔を見て確認する。
「お姉はん…フェル様は獣人を奴隷にしても、丁重に扱ってくれますやろ。問題はないんちゃいます?」
「そやな…じゃあ、ソフィを世話係でつけよう。あの容姿なら人間どもも警戒せんやろ。でも、ちゃんと戻ってくるんやで。」
こうして、俺が疎開することが決まった。ただ…ソフィ?大丈夫か?しっかり者だが子供だぞ…
ソフィが獣人の中でトップクラスに強いことを知ることになるのは、もう少し後のことだった。