作戦
日が落ち、辺りが暗くなり始めた夕暮れに吸血鬼とベルテの村落の兵が集まると言う話を聞いた。夕暮れに集まるのは吸血鬼が太陽光を嫌うかららしい。
俺が行きたいと伝えると、マウレは強烈に反対した。ただ、結局は隠れて遠くから見ることを条件に許してくれた。
しかし、まさか100m離れた場所だとは…確かにこの身体になってから視覚も聴覚も以前より優れており、見たり聞いたりする分には支障はないが…。
吸血鬼がいる間は喋ることも禁止された。人狼ほどではなくても耳と夜目がきくらしい。
予定時刻になり、マウレとベルテ…獣人の兵隊が集まってきたが吸血鬼が来ない。
「なんや…来うへんやないか…」
「そうどすな…妾達と違って獣人達と関わってない眷属は時間にルーズらしいどす。特に吸血鬼は恒久を生きるので、時間の概念がおかしんですわ。まぁ、妾達が集まっているのに気づいたらこっちに来はるやろから、気長に待っておくれやす。」
「そうなんか?まぁ、ええわ。待つしかないからな。待ったるわ。」
それから、1時間後に吸血鬼はようやく姿を見せる。銀髪で赤い目を持つそれは、美しい少女の姿で現れた。
「ああ…お待たせしたようね。ごめんなさい。」
「ウェルベックはん…もう少し早よ来て欲しかったどすなぁ。」
「ごめんね…ところでそこの強い人狼さんはどなた…紹介してくれるのでしょう?」
「はじめまして、ウェルベックはん…この辺りの大長をやらせてもらっとる。マウレ ウォルトや。こん度はお力添えいただけるようで、よろしゅう頼んますわ。」
やはりヤンキー娘ぽいマウレの自己紹介…
「ふふ…ベルテより強い魔力…おいしそう……私はウェルベック ハリバルよ。よろしくお願いするわ。」
離れているため途切れ…途切れだが、おいしそうって聞こえたような…何かの比喩かな?
それを聞いたマウレの顔がやや引きっている。なるほど言葉通りの意味か。マウレの言った通りらしい。
「自己紹介は済みましたん?それでは…作戦の説明に入らせてもらいやす。」
「ふふ…作戦?私には必要ないわね。私は暴れるだけだから…せいぜい巻き込まれないようにしていなさい。」
「巻き込まれへんように…どこから攻めるかだけは決めさせておくれやす。」
「まぁ…いいわ。聞くだけ聞いてあげる。ところで討伐隊って何人いるの?」
「千人や。」
「へぇ…千人かぁ…ふーん、そうか。」
何かに納得したようにウェルベックは席に着いた。その後は、ベルテが一方的に説明するだけの時間が続く。
「以上どす。なにか質問はありやすか?」
「…質問じゃないんだけど、いいかしら?」
「なんどす?」
「提案…ここで貴方達が私の餌になって…討伐軍と戦う糧になってくれれば…一番効率がいいわ。」
一瞬、マウレとベルテが怪訝な顔をした。同時にウェルベックの魔力が膨れ上がり、黒い霧が獣人達に襲いかかる。
「うぁああ…」
黒い霧に触れると、獣人達は全ての水分を吸い取られたように干からび、僅かな呻き声をあげてミイラのような死体となった。
「くっ…黒い霧に触れんな!逃げぇ!早よ!妾は魔力で抵抗できる。あんたらは無理や!下がり!」
獣人の半分が一瞬で死んだ。後の獣人達はベルテの盾になろうとするが、ベルテの制止を聞いて下がる。逆にマウレとベルテが吸血鬼の前に出る。
マウレとベルテは黒い霧の影響は受けていないが…魔力でレジストしているのだろうか。
どうする。行っても足手まといになるだけだ…でも…
行かないのもどうなのか。こちらの葛藤をよそに、吸血鬼は心底嬉しそうに言う。
「ふふふ…二人ともおいしそう。楽しませてもらうわ。」
吸血鬼にとっては人狼も獣人も餌に過ぎない。辺りに吸血鬼の笑い声だけが響いていた。