討伐軍②
千の討伐軍が人族の街から出征したことは、すぐに獣人達に広まることになった。獣人は聴力や嗅覚が人の数倍と隠密活動には優れており、特に、森の中であれば相手に悟られる事なく、情報を得ることが出来る。
「で…どないする?いつもの通りの数百やったら防衛戦に徹してどうにか耐えれてきたけど…その10倍となると防衛戦でも無理やで」
マウレは集まった人狼種が沈黙する中で、当たり前のことを口に出す。人狼同士の公式な会合では目上の者から順に話す決まりらしい。
「とは言っても、防衛戦以外にとれる手段はないんとちゃいます。」
「そうなりますな…」
ベルテの言葉に応じるように、そう答えたのはバウルと呼ばれる厳ついおっさんだ。マウレの下ではベルテの次くらいの地位にある。
人狼は年齢や知識ではなく単純に強さで序列が決まる。そして、直接戦わなくても匂いや魔力で強さが互いに分かるそうだ。なので、人狼同士であれば大長以外は暗黙の了解で序列が決まっているらしい。
と言うことは、マウレが俺のことを弱そうと言ったのは、ある程度の確証があって言ったんだな。
「それじゃあ…防衛戦以外は選択肢はないんやな…なんか案があれば、言うてや。あと…他の村落からの援軍はどうなっとる?」
「難しいどすな…千の兵以外にも伏兵がおるらしくて、どの村落も自分のところの防衛を固めるのに精一杯ってところでっしゃろ。」
マウレの防衛する村落は、人の街に最も近く真っ先に攻撃を受けるのだ。そのため、他の大長に援軍を頼んでいたらしい。
「ウチらがなくなったら自分らの所もタダじゃ済まへんのに…」
「どうも、他の大長は妾達と討伐軍の戦いを見て逃げるか…戦うか決めはるようですわ。要は捨て駒にされとるんどす。」
「…防衛戦の準備を進めてや。それと援軍は出せんでも、戦えん者の受け入れや戦後の食糧援助の要請はしといて…それくらいはしてくれるやろ。」
「お姉はん…一つ提案があるんやけど。」
「なんや?」
「吸血鬼と妾の村落の兵に討伐軍を攻撃させたいんやけど、よろしいか?」
…その言葉にマウレ以外の人狼達が目を剥く。吸血鬼を使うことはそれほど驚くべきことなのだろう。
「…好きにせい。ただ、吸血鬼は信用出来へんから、監視で私も付いていかせて貰うで。いいな?」
「是非もない、それでお願いしやんす。詳細は追ってお知らせしやす。」
「他にないか?それじゃ各自で防衛戦の準備を整えてや。必要なもんがあれば早めに言うてな。他の大長からガメってくるから。」
なんかマウレが…地方のヤンキーに見えてきた。マウレの横に座らされていた俺は、一言も発することもなく会合は終わった。
その日の夜…
「フェル…思ったより早かったけど…お別れや。」
「俺…直前までここにいるよ。荒事に向かないのはその通りだけど、物資の管理や荷馬を引くぐらいなら出来る。」
人間だった頃は、腕っ節に自信があったが、この身体では…柔よく剛を制すと言うが、相手は訓練された兵士だ限度がある。それに、素手ならともかく…剣や弓が相手では出る幕はないだろう。
「…そうか…でも、危ななったらすぐ逃げぇや。それと、これ渡しとくわ。」
渡された手提げを見ると、いくつかの糧食と備品、金貨が数枚入っていた。金貨はかなり価値が高い貨幣だ。かなり無理しているのでは…
「マウレ…金貨なんて貰えないよ。これから戦いになれば費用がかかるだろ?これはそのために使ってくれ。」
「…それはウチのヘソクリや…遠慮せずとっておき。それに金貨なんて人の街にでも行かんと使えんしな。今は厳戒体制で入れもせん。」
「でも…」
「いいから!持っていき。」
「…分かった。ただ、返しにくるから…死ぬなよ。」
「当たり前や…生きとったら倍にして返してや。返せへんかったら身体で返してもらうで。」
「ふっ…とんだ高利貸しだな。」
「はは…そやな。まぁ、飯にしようか。」
あと何度…こうしてマウレと食事が出来るのだろうか?まずは、吸血鬼と討伐軍の戦いがある。それを見届けて村落を去ることになるだろう。