サウス・ウィンスター
司祭様視点です。
本当に驚いた。
オレンジ髪の少年が祈るとともに、壁画に描かれた神様達が一斉に少年を見た。
魔力よりも神力という司祭にのみ扱える力を持つ自分だが、ここまで神様に注目されたことはない。
少年…クラウス・ドライ・エルトーデ第三王子殿下は、病弱でほとんど部屋から出ることができないはず……だったが、自分が見たところ体内のマナ(気)に乱れはなかった。
あの状態から回復したのは奇跡だ。
高熱が続き、余命幾ばくもないと神聖魔法で判断した。魂の輝きも薄く、回復の見込みは無かった。
王と王妃の嘆きは大きく、城全体が悲壮感に包まれていた。幼馴染の夫婦の子を助けたい気持ちは誰よりも強かったが、自分は人の身。『神の運命』を変えることは人には出来ない。
だが昨日呼び出され、落ち着いた様子で寝ているクラウス王子を見て、『奇跡の行使』があったと判断した。
強い魂の輝きは、今まで見たこともない明るさだった。死線を乗り越えて神の加護を得たのかもしれない。
何よりも、幼馴染の王と王妃の久しぶりに見た笑顔を、自分は素直に嬉しく思い、心から安堵した。
祈るクラウス王子に、天井から下りてきた光が包む。
「嘘でしょう…」
この光は『神の歓喜』だ。
教会でも滅多に見られず、特別な儀式で見られる光景…それをクラウス王子は祈るだけで起こした。
その名の通り神が喜ぶと起こる光景だから、彼の祈りの内容が神の喜ぶ内容だったのだろう。
娘のセシリアがクラウス王子を天使と呼んで、彼を困らせていた。
天使…あながち間違いではないと思った。
彼はきっと神々に愛されている。彼の一挙手一投足が気品と魅力に溢れて美しく、神職にある自分の心にまで影響を及ぼしているのが分かる。
こちらから話しかけるつもりは無かったが娘の王族への無礼を見逃すわけにもいかず、体裁を整える為にクラウス王子に話しかけた。
神の加護があるのでは?と聞くと、決まり悪そうに微笑み否定された。
この子は洗礼の儀を行っていないのに、自分の加護を認識している……?
書庫へ行きたいという彼を案内しながら「何かあれば力になる」と申し出てみる。
クラウス王子の洗礼の儀は一週間後だ。
そして洗礼の儀を取り仕切るのは自分だ。次に会った時、彼がどういう行動をとるのだろうか。
彼の状況を考えると不謹慎かもしれないが楽しみに思う自分がいた。
「お父様、天使様にまた会えますか?」
セシリアの中で彼は天使で確定らしい。顔を真っ赤にしてモジモジしている娘に複雑な思いを抱きつつ、その小さな恋の前途多難っぷりに溜息が出た。
きっと王子に言い寄る女性は沢山いるだろう。あの夫婦の容姿を子供の中で一番濃く継いでいる。
「良い子にしていれば、すぐ会えるよセシリア。天使様の為にも励まないとね」
「ほんとう!?おつとめがんばる!!」
ニッコリと微笑む娘の可愛さに頬が緩む。
見習い神官として教会に勤める娘には、一週間後クラウス王子に会えるチャンスがある。
王子との恋愛はあまりお勧め出来ないが、物分かりの良い父でいる為に応援しておこう。とりあえず。
さて。
まず用意するのは指輪、それから特別な魔法の紙。
魔法使いでもある宰相くんに頼もう。彼は口には出さないが、王家の末子を大層可愛がっている。
クラウス王子に見えた不安や悩みを、大人達が解決してあげないといけない。
王や王妃には……言うか言わないかは、宰相くんと相談かな。彼らの過保護は異常だから。まぁ病弱な子を過保護にするのはしょうがないと思うけれど…。
色々考える事があるのに、なぜか足どり軽やかになる自分に苦笑する。
もうあまり時間がない。急がねば。
天使様ぁ…と頬を染めている娘を抱き上げ、早歩きで礼拝堂へと戻るのだった。
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