セシリア・ウィンスター
セシリア視点です。
クラウス様が泣いています。
私が初めてクラウス様にお会いしたのは、七つの時でした。
その時のクラウス様は、王城の礼拝堂で神力が凝縮した時に起こる「神の歓喜」の光を纏っておられました。
私はその方を「天使様」と呼んでしまい、お父様にきつく怒られました。
この国の第三王子殿下であるという事を知った今でも、私はクラウス様を「神の御使い様」だと信じております。
お父様から難関であるエルトーデ王立学園にクラウス様がご入学されると聞き、ご学友になる機会だと懸命に努力し、なんとか合格できました。
勉強しかしなかったので、クラウス様の身の回りのお世話や、メイドの仕事が学べないままでした。
ところが、一緒に側付きになったギュンターさんが全てを網羅していました。すごいです。すごすぎます。
私はお茶を淹れることしか出来ず落ち込んでいましたが、クラウス様が「セシリアはそのままで良いのだよ」とキラキラな微笑みで仰られたので、私はつい「天使様!!」と叫んでしまいました。
クラウス様は困ったような笑顔を浮かべられ「ついてきてくれてありがとう」というお言葉もいただき、天にも昇る気持ちとはこの事かと…。
その日の日記帳は、いつもよりも五ページ多く書きました。
学園に入学し、オルフェウスさんという冒険者の方も仲間となり、クラウス様の周りは徐々に賑わって参りました。
私はギュンターさんから女生徒の動きを見て欲しいと言われました。クラウス様のお命を狙う輩は、どこに潜んでいるやもしれません。女の子の友達をたくさん作り、情報を得るべく動いておりました。……友達といるのが楽しすぎて、情報の事はすっかり忘れていたのは内緒です。
「視線を感じる。だが悪意などを感じられない」
ギュンターさんが難しい顔をしています。風の神様の加護を持つギュンターさんが得られない情報とは、余程のことらしいです。
「俺の警戒には引っかからないが、確かに視線を感じるな」
オルフェウスさんも眉間にシワがよってます。
クラウス様は特に何も感じないそうですが、この中で一番神様に守られていそうな方が感じないのなら大丈夫だと思うのですが……。
視線は午前中のみで午後から感じられない事から、午前の部に通う学生ではないかと。そして私が学園に入る前から友達だったマイコちゃんではないかと言われました。
「私の友達ですよ」って言ったら、ギュンターさんに物凄く驚かれてしまいました。いつも冷静沈着なギュンターさんのレア顏が出てビックリです。
ギュンターさんが何度も普通科クラスに行ったのに、会えなかったと言ってました。
そうです。マイコちゃんは基本男性が苦手なんです。
働いてる店のお客さんとは頑張って話してますけど、学園では男子を避けているんですよね。近づこうとする男子を素早く避けるマイコちゃんの技は、いつもすごいなって思っていました。
そんなマイコちゃんに、クラウス様が興味を持たれました。
ギュンターさんは複雑な顔をしています。
オルさんは物珍しげにクラウス様を見ています。
私は「お父様の勤める教会の側で子供達に歌を歌っている」とクラウス様に言いました。お父様の執務室から見るだけなら、クラウス様の気配は神力で隠れるからマイコちゃんも逃げないはずだと。
この時、なぜ私はマイコちゃんに直接会うように言わなかったのかというと、入学式で紹介すると言った時、マイコちゃんから「クラウス様のお力になりたいけれど、お会いできません」と言われたからで…
いいえ、違います。
会わせたくなかったのです。
マイコちゃんがクラウス様に想いを寄せているのも分かっていましたから、入学式の時に紹介しようとしました。
それなのに、クラウス様がマイコちゃんに興味を持ったと知った時、私は初めて『クラウス様の人間らしい部分』を見てしまったのです。
そしてそれは、いつものうっとりする美しい『天使様』ではなく、私と同じ歳とは思えない、熱を孕んだ強い『男の人』だったのです。
マイコちゃんは綺麗で、スラリとしてて、私とは正反対の大人な感じの子です。
そんなマイコちゃんが『あの』クラウス様の熱を受けてしまったら……
クラウス様が泣いています。
ただ涙を流すクラウス様を見守ることしか出来ない私達でしたが、マイコちゃんの歌を聴いているうちに、一気にクラウス様の気配が歓喜に彩られます。眩しい位くらいの美しい気配です。
窓から飛び降りたクラウス様に気づいて、姿を消したマイコちゃんを迷うことなく捕まえたクラウス様。
私がいつも見ているキラキラな笑顔ではなく、困ったような笑顔でもなく、ただただ嬉しそうにマイコちゃんに笑いかけるクラウス様は、きっともう私の天使様ではないのですね。
お父様に「頑張ったね」と言われて少し泣いてしまいましたが、キラキラ全開笑顔なクラウス様の「ありがとうセシリア!」に、キュンキュン胸がときめいて「やはりクラウス様は天使様だ!」と思ってしまう、懲りない私なのでした。
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