そして栗色をつかみます。
思わず窓に張り付く俺。
これは知ってる。だって音楽の時間で習った曲だ。
……前世の学校で。
「おや、この歌で神力が動きましたね」
「サウス司祭、それはどういう事ですか?」
「神様が興味を持っているという事です。この様子だと楽の神様あたりだと思いますが」
アヴェマリアって、あっちの宗教じゃないの?こっちの神様ってかなり適当だよな……
まぁ、そういうの関係なく良いものは良いんだよな。
神力に溢れているこの場所で、魔法を使うのは悪手だ。俺の空間魔法で結界を張るその前に彼女にバレてしまうだろう。
彼女が何者だとしても、俺は彼女と話がしたい。……ん?待てよ?
「サウス司祭、僕の洗礼の儀の時、神力で音を遮断する結界を張っただろう?」
「ええ、そうです」
「なら彼女の周りだけ、魔力を感知させないようにするのは可能かな?」
「ふむ……やってみましょう」
そう言うとサウス司祭は祈りのポーズをとり何か唱えると、周りの空気が少し揺らいだ気がした。
「神力で彼女を包んでいます。もともと神力の濃い場所ですから、ここで魔力を発動させても気づかないでしょう」
「さすがサウス司祭だね。ありがとう」
「クラウス様…彼女は…」
ギュンターとセシリアは心配そうな顔をしている。オルは真剣な顔で俺を見ていた。
「心配かけてごめん。彼女は…たぶん知り合いなんだ。それをはっきりさせたい」
俺は三人には見せたことない空間魔法を発動させる。彼女の周りに結界を作り、半径二メートル以内に閉じ込めるように術式を構築する。
「この魔法は……!?」
「なるほど。気づかれて逃げられるのを阻止したか。ククッ、必死だな」
「うるさいよオル」
茶化すオルを睨んで、窓から外に出る。
早々に俺の気配を察知した彼女は姿を消す。が、俺の結界からは出られないはず。
「本当に消えやがった!」
「これがあの視線の…」
結界の場所は分かっても、姿が見えなければ捕まらないと思っているらしい。
甘いな、俺はもう君を見つけたよ。
教室の窓からも。
夏祭りの人混みからも。
いつも見てた。
ずっと目で追いかけていた。
俺の大好きな栗色。
結界は作った者を受け入れるように術式を組んでいた。俺はそこに入ると隅で小さくなっている『栗色』を見つけ、そっと抱きしめた。
「きゃっ」なんて小さく声を上げると、彼女の姿が見えるようになった。
サラサラの髪の間に見える白いうなじ。俺は抱きしめる力を強めた。
「は、離して…ください…」
「やだ」
「ク、クラウス様…王子様…いけません…」
「やだ」
「クラウス様…!!」
「違うよね。そんな風に呼ばなかったでしょ?」
「……!!」
「ねぇ、俺の最初で最後のキスの相手、君でしょ?」
「う…えぅぅ…ふぐ…」
彼女の顎をそっと掴んで、顔を上げさせる。
涙でぐしゃぐしゃな顔。
彼女が泣いてて良かった…なんて、俺はひどい男だ。だって俺は、彼女の泣き顔しか知らない。
彼女に触れることが出来たのは、最後の、あの時だけだった。
「呼んでよ、名前…」
「う…うう…み、みやた…くん…」
「うん」
「宮田くん、宮田くん…」
「うん、うん…」
彼女が俺を呼ぶ度に、俺の目からも涙が溢れる。
でも嬉しくて、俺は泣きながら笑った。そんな俺を見て、彼女も控えめに笑ってくれた。
瞬間、俺の世界が輝きに満ち溢れるような、生まれ変わったような気持ちになる。
ああ!なんて可愛いんだ!
なんだ。俺は結局は単純な人間なんだ。
勇者と一緒に魔王と戦うとか、そんなの些細なことだと思ってしまった。
彼女の笑顔で、俺はもう全部上手くいくような気持ちになってしまっている。
真っ赤な顔で必死に下を向こうとする彼女に「今度は俺からね」と言うと、ポカンと不思議そうな顔で俺を見る。
その顔が可愛くてクスクス笑いながら、彼女の少し開いた唇に俺のを重ねる。
色素の薄い白い肌が鎖骨まで真っ赤になるのを見て、綺麗だなって思った。
俺は二回目のファーストキスは、彼女のセカンドキスになればいいなんて考える、俺って結構ロマンチストなのかもしれない。
手、早くない?
お読みいただき、ありがとうございます!




