君の夢にさよならします。
窓際の席から見える彼女は、いつも俯いていた。
一度だけ、彼女と目が合った事がある。慌てて目を逸らされてしまったけれど、彼女の透き通る瞳の奥に、何か見えたような気がした。それ以来、俺は何となく隣のクラスの彼女を見かけると目で追ってしまうようになった。
外で短距離走のタイムを計っているらしく、順番待ちの彼女を見るとやっぱり俯いている。
色素の薄い栗色の髪と、俯いてるせいで見える白いうなじに見惚れていると、頭を軽く叩かれ先生に注意された。「すみません」と言いながらも、また先生の目を盗んでは彼女の姿を追う。
彼女のサラサラな髪に触れられたら……なんて、何考えてるんだ。馬鹿か俺は。
大学受験の追い込みの夏休み、俺は机に張り付いていた頭を上げる。
時間は夕方。カレンダーを確認すると、今日は近所比較的大きい神社の夏祭りだ。
気分転換だと自分に言い訳しつつ、母に出かける旨を伝えて神社へと向かった。
もしかしたら、彼女も来ているのだろうか。
浴衣とか着てたりして…なんて、さすがにそれは望みすぎか。めちゃくちゃ見たいけど。
屋台が結構多く並んでいるせいか、人通りも多い。持ってるお金も心許ないので、色々冷やかしながらあるく。
ふと、遠くに覚えのある栗色が見えた気がした。気のせいかと思ったが、何だか嫌な予感がする。人混みを掻き分けながら、早歩きで栗色の見えた場所まで急ぐ。
後悔はない。
サラサラな栗色の髪を振り乱し、泣きながら俺の名前を何度も呼んで。
こんな時なのに、名前を知っててくれた事が嬉しくて。
俺の腹の傷には、血を止めるために彼女の白い手が置かれてて。
声が枯れるまで俺の名前を呼ぶ彼女が愛おしくて。
それでも。
俺の命は消えていくのだ。
後悔はない。
彼女の乾いた唇が、俺のそれに触れたような気がした。
それは俺の願いだったのかもしれない。
最後の記憶は、彼女の泣き顔だったけど。
後悔はない。
だって。
彼女を助けられたのだから。
久しぶりに、前世の夢を見た。
自分が死ぬところとか……結構キツイな。
「クラウス様おはようございます。起きてらっしゃいますか?」
「ああ、おはようギュンター」
「セシリアが食堂でお茶の準備をしております。もう着替えられますか?」
「お願いするよ」
制服は自分で着れるけど、ギュンターの仕事を取るのもどうかと思うし、夢見が悪く…いや、夢に彼女が出てきたから良い夢だったのかな?……よし、これは良い夢だ。
「何か嬉しいことがありましたか?」
「ん、分かる?」
「ええ、クラウス様を取り巻く光が、とても優しく感じますから」
ギュンターの言葉がたまに理解できないけど、どうやら彼は風の神の加護を強く受けているらしいく、俺の加護の多さを察しているようだ。本当にギュンターが味方で良かった。
「さて、今日は初日だからね。クラスメイトと仲良くできるように頑張らなきゃ」
「クラウス様なら、全く問題ないと思われますが」
「まぁ、王族だからね」
生真面目に頷くギュンターが面白い。
セシリアをあまり待たせないように、俺とギュンターは食堂に急ぐ。
夢の残りは俺の後ろで風に舞い、春の日に儚く溶けて消えた。
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