ギュンター・オーガス
閑話を挟んでしまいました。
私、ギュンター・オーガスが初めてクラウス様にお会いしたのは、サウス司祭様から紹介された十二歳……ではなく三年前の九歳、クラウス様は七歳の時でございます。
その頃の私は、代々宰相を司る家に生まれながらも、五男という毒にも薬にもならない立場に、将来に夢も昨日も見出せぬ日々を送っておりました。
せめて女であれば、嫁にいくという外交にでも使えたでしょう。自分への価値など無いと思っておりました。
宰相である父に連れられ、私はこの年初めて登城する事となりました。初めて王様に謁見し、私は掛けていただいたお言葉を憶えていないほど緊張しておりました。
その中で王様が「病弱であるクラウスと友達になってほしい」と仰ったのです。
私は絶望しました。それこそ第一王子や第二王子末席の部下でも良かったのです。なぜよりにもよって第三王子…しかも病弱である王子に仕えなければならないのかと。
王様と父は話があるとのことで、私は中庭で待つこととなりました。
その時、わずかに『知らせの風』が吹いたような気がしました。
私には国でも希少である『風の神の加護』を持っており、『知らせの風』は自分の必要な情報を得ることができるという力があります。
今となっては貴重な力だと認識しておりますが、その頃の私は狭い世界で生きており、その力を素直に受け入れられずにおりました。
『知らせの風』を感じた私は、周囲を見回しました。何もないように思えます。
───見て!運命が来るよ!
何を馬鹿な事をと思いました。
私の運命など何の楽しみも無いものでしょう。それでも尚『知らせの風』は訴えるのです。
渋々立ち上がった私は風に導かれるまま歩き出しました。
そのまま城の中を歩き、とある扉の前で風が止みます。
「ここに入れということか?」
重い扉を押すと、あっさりと開きます。
中には膨大な書籍が天井まである棚に隙間なく収められていました。
「城の書庫……?」
そっと中に入ると少し埃っぽい匂いがする中、人の気配を感じました。風の加護の力で人の気配に敏感なのです。
棚に身を隠しつつ気配の先を見ると……その時の事は今でもはっきりと憶えております。
金に近いオレンジの柔らかそうな髪は肩までゆったりと伸ばされ…
黄金色の瞳は太陽のような輝きを持ち…
少女と見紛うほどの白い肌に、美しく整った顔…
薄暗い書庫の小さな窓からは、まるでその方の為にあるかのように光が射しております。
私は息をするのを忘れ、ただただその方を見ておりました。
「君は誰?」
その方は透き通るようなお声を発し、二コリと微笑んで私の方を見てらっしゃいました。
私は急に恐ろしくなり転げるように書庫から飛び出しました。
無我夢中で走って中庭に飛び出すと、そこには王様と父が立って居りました。
「父上!!書庫に…書庫に…!!」
「おや、クラウスと会ったのかい?生憎今は勉強の時間でね」
「い、いえ、お見かけしただけで…」
あのお方がクラウス様?
なんと美しく神々しい…あのような人がいるにだろうか…
王様は嬉しそうに微笑まれました。末っ子の王子をとても可愛がってると聞きましたが、どうやら本当のようです。
「クラウスは病弱だが、洗礼の儀で『知識の神』の加護がある。とても頭の良い子なのだよ」
それは嘘だ。
あの方は知識の神だけではなく、他の神々からも愛されているに違いない。
私は強く思いましたが、それでも洗礼の儀で公開されたのでしょうから、王様のおっしゃる通りなのでしょうが、私は今でもクラウス様は数多の神に愛される存在だと思っております。
それから三年、私はクラウス様の側仕えになれるよう、執事の仕事からメイドの仕事、政治経済から歴史や兵法まで、とにかく知識を詰め込み市井の情報も『知らせの風』を最大限に使い、血の滲むような努力を重ねて参りました。
そして、とうとうサウス司祭様よりクラウス様に仕えるようお達しがあり、私は天にも登る心地でクラウス様の元に馳せ参じたのであります。
私とクラウス様の頭脳には必要ないと思っていた、学園に通わされるとは思ってもみませんでしたが、クラウス様の崇高なる目的「病弱キャラ大作戦」には必要な期間だと思いました。
私には加護の力でクラウス様が健康だと分かります。だからこそ……それがきっとクラウス様の優しい御心の為せる業なのでしょう。
そして、あの歴史に残る入学式での新入生代表の挨拶、素晴らしく美しく気品に満ちたあのお姿、私は一生この方にお仕えしようと強く心に刻み込むのでした。
同僚であるセシリアは「天使様」と言ってましたが、クラウス様の困ったお顔を見ると崇め奉る行動は控えようと思いました。
入学式では我慢できず心を乱してしまいましたが、これからはクラウス様の御心を安らかにしていただけるよう、粉骨砕身努めて参ろうと思います。
とりあえず、次にセシリアが「天使様」を出したら、何らかの処罰が必要ですね。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回こそ王子に波乱が……たぶん……




