入学式、後編です。
大講堂の中は、すでに大勢の人が席に着いていた。
今年は第三王子とはいえ、王家の人間である俺が入学するから、王族や位の高い貴族も集まっている。
平民の家族も王族見たさに、例年よりも多く式に参加する傾向にあるようだ。
俺は周りの目を意識して常に微笑を湛えつつ、かけられる言葉には上品に手を上げて応えた。美の神の仕事っぷりは予想以上で、俺の反応に老若男女問わず皆顔を赤くして俯かれてしまった。
「クラウス様の人気は凄いですね。流石でございます」
「当たり前です!天使様ですから!」
フンスとセシリアは拳を握って答える。気合い入ってるところ悪いけど、俺は人間だってば。
「セシリアの言うことはよく分かりませんが、クラウス様は指先、髪の毛の先まで気品に満ちておりますね。お仕えできるのを誇りに感じます」
「……ありがとう二人とも」
複雑な気持ちを抱えながら用意された席に着くと、しばらくしてから入学式が始まった。
最初の学園長の挨拶で、俺は危うく噴き出しそうになる。
白い髪に白い髭、いかにも「魔法使い」というルックスで登場したのは、城の書庫でちょくちょく会ってた爺さんだった。
(って事は、俺は学園長から色々教わったことになるのかな?)
びっくりしたけど不快ではない。俺は博識な爺さんの穏やかな空気が好きだから、彼が学園長で嬉しく思った。
そんな事をしみじみ考えていると、あっという間に新入生代表の挨拶になってしまった。
「いってらっしゃいませ!」
「ご武運を」
二人に見送られ、意識して姿勢を正して美しい所作になるよう、ゆっくりと壇上に上がる。
貴賓席を見ると号泣している父様と母様が見えた。ついクスッと笑ってしまう。
その笑顔に当てられた(?)らしい、最前列のご令嬢たちが真っ赤になっていた。ごめん。気をつける。
「皆様、本日は私たち新入生のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。
この良き日に、栄えあるエルトーデ王立学園に入学できた喜びを胸に抱き、これまで温かく見守っていただいた家族、周囲の皆様には深く感謝したいと思います」
ここでゆっくりと一礼する。腹に力を込め、心で一、二、三でゆっくりと頭を上げる。
礼の一つでも、しっかり心を込めないとね。
美しい動作を意識したせいか、周りから感嘆のため息が聞こえる。合格かな?
講堂内の構造が良いのか神の加護のおかげか、俺の声はマイク無しでも良く通り、広く響き渡った。
「ご存知の通り、私は王族の末席におります。体のことで城からはほとんど出ず、ひたすら書物と向かい合う日々を送っておりました。
ですが、本日よりこの身分を気にせず、切磋琢磨しあう仲間に出会える、この学園で過ごせるのです。
今、私の心は喜びに満ちております。
そしてこの喜びを、この日を、私は忘れる事は無いでしょう。
どうか皆様、こんな私と友人になってくれたら、とても嬉しく思います。
諸先生方、先輩方、これから私たち新入生をご指導下さい。よろしくお願い致します。
新入生代表、クラウス・ドライ・エルトーデ」
しんと静まりかえる中、俺はゆっくりと一礼した。
あれ?おかしいな?なんか間違えた?拍手って無いの?
背中にダラダラ冷や汗をかいていると、ガタンと椅子が倒れる音。
音の方を見ると、父様が真っ赤な顔をしてこちらを見ている。
そのままゆっくりと手を叩く父様。母様も立ち上がって拍手をしてくれる。
拍手の輪は広がり、大歓声が起きた。
ホッとする俺。良かった…即興の挨拶だったけど受け入れてもらえて…。
前世で生徒会長とかやってたけど、こっちの世界の挨拶とかよく分からなかったからドキドキした。
席に戻ると予想通りセシリアは号泣していた。
「ず、ずはらじいでず…でんじざま…」
「セシリア、涙と鼻水がすごいから拭かないと…ギュンター、ハンカチの追加を…」
振り返ると無言で俯いてるギュンター。何、怖い、怖いよ?
「クラウス様…このギュンター、自分の浅はかさにほとほと嫌気がさした次第であります…」
「どうした急に!?」
「通常の挨拶は『決意表明』を主とする勇ましいものが多いのですが、クラウス様の温かく優しい感謝に溢れた素晴らしい挨拶!!今までにない素晴らしい歴史に残る挨拶でございます!!
さらに、クラウス様の前半お体の事を語る際の、憂いを帯びた美しい表情と気品に満ちた所作!!天の声もかくやという透き通るようなお声!!
このように素晴らしき方にお仕えできる幸せを!!ひしひしと!!感じまして!!」
「ギュンターが壊れた!?落ち着けギュンター!!セシリアも泣き止んで!!」
結局式典中ずっと二人はこんな感じで、周りの人達ももらい泣き、俺は虚ろな瞳で残り時間を消化した。
もしやずっとこんなじゃないよな…。
俺は深く深く、ため息をつくのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ギュンターはちゃんと元に戻ります。
セシリアは……泣き止みます。




