後悔したくないから
休憩が終わり、前半の練習で上地から教えてもらった事の復習をしながら紀之と組んで練習をする。
タックルは構えた状態から相手の懐に飛び込む際の足の位置が大事だ。
相手の両足を自分の両腕で抱え込みバランスを崩させることで相手を倒しやすくなる。
投げについては一本背負いだ。組み合った際に、左手の小指を相手の腕の関節にひっかけ、頭の後ろに回していた腕を相手の右腕の脇腹に下から回し、一歩踏み出した右足を軸に体を半回転させ相手を背負って投げる。コレは意外に難しい。
構えからはじまり、一日目でこの情報量の多さは海生にとってはかなり覚えるのが大変そうだったが、今はそれを教えてもらえた嬉しさでいっぱいだった。
バレーボールを始めた時はこんなに一気に教えてもらえたことはなかった。その日の練習は構え、タックル、投げを練習して部活の終わりの時間となった。
「海生お疲れ。まだ続けるのか?」
声をかけてきたのは幸隆だ。練習時間が終わる時間だったが、まだ着替えずに練習を続ける海生。
先輩方も気にかけて声をかけたりしていたが、海生の答えは、
「もう少しだけ続けたくて」というものだった。
練習自体は幸隆がやっていた投げの練習。
壁の板に打ち付けられている柔道着の帯を使って投げの手順を体に覚えさせるものだ。
「一日目から飛ばしすぎたら体がもたないぜ? 休息も取って体を鍛えなきゃだ」
心配する幸隆に他の面々も駆けつける。
「そーだよー」
「頑張り屋なのは良いことだけど、体壊しちゃ元も子もないし!」
マネージャーの美優と優香も話に割り込んできた。
初日というのは特に、慣れない環境のせいで疲れが一気に出たりする。それを解っているのだ。
「ありがとうございます。でも、皆が帰る間のもう少しだけ。俺、まだレスリングの事が好きかどうかは解らないんです。でも、好きになれそうな気がするんです」
中学の頃は好きだと気づくのが遅かった。本気になるのが遅すぎた。間に合わなかった。
気づける場面はあったのに。頑張るきっかけもなかったわけではないのに。
だから今度はそうはならない。出来る時に、出来るうちに努力を積み重ねておきたい。
「好きになれた時に後悔したくないから……」
噛み締めるように話す海生に誰も何も言えず、
「そうか……じゃあ少しだけ練習付き合ってやるよ」
幸隆が練習相手を申し出る。
「えっ? いや悪いよ幸隆は先輩方と同じ練習量こなしてるのに…」
「俺がやりたいんだよ。それに、投げ技は練習相手がいた方が実践しやすい」
そう言って練習を始める二人を、マネージャーの二人は口許を綻ばせながら見守った。