構えから
練習用の靴は、過去に先輩達が使っていた靴がいくつかあり、一番サイズが近いものを履くというものだった。
部員は今のところ集まっているのは全員で十名ほど。
そのうち一年生は海生も含めて三人。昨日の練習の見学者の一人だ。
名前は新里紀之というらしい。
昨日の見学者で入部をしなかった者は、プロレスとレスリングが同じものだと思っていたらしく、違うと解って去っていったらしい。
これは紀之から聞いた。ありがちな勘違いだ。海生も試合中に着るユニフォームの乳首の件があったのであまり人に言えない。
詳しい違いはわからないが、プロレスは打撃技有りのリング上で行うもので、レスリングは打撃技無しのマット上で行うもののようだ。他にも色々と違いはあるのだろうが、海生はあまり良く知らない。
三年生は龍生先輩をはじめ三人。二年生は四人で、二、三年生で合計七人になるらしい。
最初の準備運動を終えると、さっそくヤクザもとい上地先生が直々に新入部員二人に構え方を教えに来た。
「じゃあ最初は私が教えるから、細かいところは実際に練習のなかで身に付けていくと良いよ」
ヤクザは見た目に反して口調だけじゃなく教え方も丁寧だった。
「まずは足を肩幅と同じくらいに開いて両手を膝におく、そこから背筋を伸ばすんだ。
次に膝においていた手を前に出す。これが基本の構えになるからこれを崩さないように動けるようになること」
言われた通りに膝に手をおいてから背筋を伸ばし、そして手を前に出してみる。練習を見学した時も思ったが、やはりバレーボールの構えに似ている気がする。
「おっ海生はもう出来てるというか様になってるね。そのまま前後左右に動けるようにしてごらん」
この構えのまま動くことなんて造作もない。バレーボールでずっとこの体制で動いてきたのだから。
「あれおかしいな?」
紀之はというと何故か背筋が伸びきっておらず、姿勢を正そうと四苦八苦していた。
もともと猫背だったりするのだろうか?
「ちなみに海生。なんで手を前に出すかわかるかな?」
「えっと……相手を牽制するためですか?」
海生は両腕をを前に出して牽制するような仕草をする。
「それも間違いじゃないね。手を前に出すのは相手にタックルを入らせないようにするためでもあるんだ」
ヤクザもとい上地は、海生にゆっくりとタックルに入るモーションを起こす。
すると海生は特に意識した訳ではないが、自然と前に出していた両手で上地の肩を受け止め、タックルに入るのを阻止した。
「そう、そんな感じだ。じゃあ逆に自分がタックルに入るときはどうにかしてこの腕をどかさなきゃいけない」
そう言葉を続けながら、上地は海生の出されていた手首をつかんだ。姿勢を低くしながら掴んだままの腕を自分の肩の上から後ろに持っていき、その手を離すと同時にそのままタックルに入った。
「この入るか入られるかの駆け引きを制した方が勝つというような感じだね」
「なるほど」
受け身も取れずに転倒しながらも、海生は納得して頷いた。
「後は組み合いになってからの駆け引きなんかもあるんだけど、それもどんどん教えていくから」
新しく入ってくる知識と技術に海生は久方ぶりにワクワクした。