決意を胸に
外に出た海生は道場の裏のトイレでたどり着き、用を足しながら気持ちを整理していた。ちなみに小の方だ。
「レスリング……興味がないわけじゃないんだけどな」
するとトイレに入ってくる者がいた。
「それなら入部すれば良いじゃない」
どうやらさっきの呟きは聞かれていたらしい。
「うわヤク……先生」
「実は則夫さんから少し話を聞いていたんだ」
「えっ何を?」
急に話し出すヤクザ。隣で用を足しはじめ、話に着いていけずに戸惑う海生になおも話を続ける。伯父さんから何かを聞いていたらしいが、話し出すにしてもちょっと場所を考えてほしい。
「中学生までバレーボールをしていて一度もレギュラーになれなかったんだってね? 最後の三ヶ月くらいは頑張ってたんだったかな?」
海生は何も言えずに唇を噛み締める。やはりあの頃を思い出すと後悔の念にかられる。
「私はね海生。そのまま何もせずに高校生活を過ごしてしまうと、君はきっとさらに後悔すると思うんだ」
そんなことは言われずとも海生もうすうす感づいていた。このまま何もせずに過ごしてしまうと後悔してしまうことくらい。
「バレーボールを続けて、その気持ちに踏ん切りをつける、ということも出来ると思うんだが、海生自身はその選択肢を選ぶつもりはないのかい?」
「バレーボールを続ける気は……ないです」
長い間不誠実にしか向き合って来なかったバレーボール。今さら不誠実であった時期を埋めて、バレーボールを続けている者達と肩を並べられる気がしなかった。
「だったらレスリングで踏ん切りをつけてみないかい? レスリングは沖縄では競技人工が少なくてね、やっている者も、高校生から始める者がほとんどなんだ」
確かにレスリング部がある学校自体、あまり聞いたことがなかった。
「だからスタートラインはおなじで一から始めることが出来る。いや、海生はずっとスポーツを続けてきた経験があるから、その経験も生かせるだろう。競技は違えどスポーツであることに違いはないからね」
そこまで考えてくれていたとは思わなかった。何もただ無理矢理入部させようとしているわけではなかったのだ。
「先生……」
抱えていた思いを見抜かれ出された提案に、海生は心が軽くなるのを感じていた。
今はまだ、レスリングを好きになれるかはわからない。それでも……また頑張ることが出来るかもしれない。心は決まった。
「俺、入部します」
レスリング部にかけてみよう、そう思えた。中学生の時に出来なかったことを、ここでやるんだ。
「ところで先生、俺達さすがにこの格好のままって絵面的にも精神的にもきつくないですか?」
「そうだね。道場に戻ろうか」
こうして海生は入部を果たした。