過去の自分を振りきって
試合後のミーティングが終った後、上地は匠を体育館内にある控室に呼び出した。
「どうしたんだ匠。らしくない試合だったじゃないか」
大嶺護との試合でのことだ。普段は技を駆使して戦う匠が、腕力のみに頼った戦い方をしていた。上地としても、理由を聞いておきたかったのだ。
「……去年、いや今年の二年生になる直前のことです」
匠は語り出す。今日の試合で力任せな試合をしたことのきっかけを。
「俺、あいつと試合して、技をことごとく潰されたんです。その時に思いました。こいつに技や技術でかなわないって」
一年生として行った最後の試合でのことだ。
今年から赴任してきた上地はこのことは知らない。
「だからか。力任せに試合に挑んだのは」
「はい……腕力なら、俺のほうが上だと思ったので」
「そうか。でも今の戦い方だといずれ限界が来る。今日の試合もギリギリだったしね」
「はい……」
「それに、そのまま負け続けるつもりはないんだろう?」
「……え?」
上地の言葉に匠は驚いたような顔をする。
「技を磨くことを辞めてないことは練習を見れば分かるよ匠。それにお前は、このまま負け続けるような子じゃない」
「……っ」
普段の練習を良く知る上地。今年赴任してきてそこまで長く部員と接したわけではない。それでもそれは生徒であり教え子である部員達を信頼している上地ならではの言葉だ。
練習では色々なことを教えてくれたり、沢山のアドバイスをくれる上地。
ただ試合ではあまり多くは指示を出さない。それは練習してきた部員達に、もう既にどう戦えば良いか考える力が備わっていると思っているからだ。
「今日の試合は良い。これからも練習し続けて、技でも護に勝ちなさい」
「はい…っ頑張りますっ……」
匠は涙を流しながら決意を胸にする。
こうして一年生の時に出来た心のわだかまりを、レスリングを一年続けた先輩である匠はふりきった。