姉
練習から帰って来てお風呂に入り終わると、姉の比嘉海里が話しかけてきた。
「海生あんた生理用品買ってきてよ」
「何でだよ自分で行くか母さんに頼めよ」
よりによって思春期の男子高校生の海生に頼んでくる姉に若干の苛立ちを覚える。
ちなみに姉は大学一年生の19歳だ。
「思春期の男の子にやらせるから良いんじゃん! 最高じゃん!」
確信犯だったらしい。
「何が最高だよ最低じゃん。こんなこと弟にさせてるの知られたら彼氏に嫌われるぞー」
姉は大学生になってすぐに彼氏が出来たらしい。同じ新入生で新歓コンパで知り合ったのだとか。
「ところがどっこい私にぞっこんな彼はちょっとやそっとじゃ私のことを嫌いにならないんだなーこれがっ」
「ふーんそっか」
ノロケなど聞く気はない。そっけなく返して自分の部屋に行こうとする海生。そしてその手を掴み阻む姉。
「つれないなー海生。お姉ちゃん悲しいぜ。レスリングはじめてから部活ばっかりでお姉ちゃんとあまり絡んでないだろう」
「うんそうだけど……別に絡む必要ある?」
「マジでかお前。ちょっとくらい話をしようぜ? 小学生の頃なんてめっちゃ可愛かったのに」
何かと絡みを要求する姉にめんどくさくなってきた海生だったが、こうなった姉を拒否すると、延々とこの流れを繰り返すのが目に見えているので、しぶしぶ話をすることにする。
まずは私の部屋に行こうという姉に連れられてきた二階の部屋。部屋自体は普通の女性の部屋という感じだ。
本棚の漫画のラインナップ以外は。
「で、何を話したいの?」
「最近あんた目に見えて生き生きしてるように見えてさー何か良いことがあった?」
そんな風に見えていたとは知らなかった。ただ、思い当たる節はある。やはりレスリングだ。おそらくもう既に、海生はレスリングが好きになっていた。
「部活が楽しいかな」
顔を綻ばせて言う海生に、一瞬の間があった後、海里は残念そうに言葉を返す。
「なんだー彼女でも出来たと思ったのにーどうせ童貞なんだろー?」
「良いだろ別に。高一で童貞なんて普通だし。それに今は部活頑張りたいんだ」
話題が恋話に発展せず残念そうな姉に鬱陶しさを感じる。正直もう既に切り上げて自分の部屋に帰りたかった。
「好きな子とかいないのー? 後輩とか先輩とか」
「レスリング部のマネージャーの先輩二人は可愛いけど好きとかじゃないかな。同級生とかも特に気になる子もいない。後輩はいないし」
出来るだけ早く話を終わらせたい海生は、海里の質問に淡々と答えていく。姉を満足させればこの会話は終わるはずだ。
「ふーむ……女の子から何かアプローチされたりとかはないの?」
「クラスの女子何人かからアドレス聞かれたくらいで、ソレ以降なにもないよ」
ふむふむと相槌をうつ海里。そろそろ良いのではないかと海生が会話を打ちきりにかかる。
「ちょっと学校の勉強するからそろそろ良い?」
「なんだお前そんな真面目だったか? っていうか試験前以外に勉強するとか正気か!?」
大学生が言ってはいけない言葉な気がするが聞き流し、
「好きなことやり続けるためには、好きじゃないこともやっとかないといけないんだよ」
と返した。信じられないものを見るような目で見る海里。
部屋から出ていく海生に聞こえないような声で。
「あんたをずっと見てる女の子だっているんだけどなー」
と呟いた。