七波七海は魔法少女である魔法少女なのか魔法少女なんだってば
左の窓際から数えて二列、後へ三列目、俺の席の丁度左後ろにあたるその場所が七波七海の席だ。
高校に入ってからというもの、一年、二年と彼女と同じクラスではあってもその他の接点は全く無し。
クラスメイトではあるけれど、どこまでも他人。
それが俺と彼女との関係だった。
「あっ、ああ……」
その彼女が、俺の目の前で気まずい顔で硬直している。
彼女の格好は、目元が隠れそうなくらい広いツバの三角帽、爪先部分のカールしたトンガリ靴、肩からくるぶしにかけて伸びるマント。それらは、全てが黒一色で染められていた。
どこからどう見ても魔女のコスプレだ。
ついでに跨っている箒も、見ていてなかなかの作り込み具合だ。
見た所手作りのようだけど、ゴテゴテな感じがなく、こう雰囲気みたいなものがよく表れている。まるで本物の魔女みたいだ。
冒険気分で深夜徘徊をしていたら、近所の公園で珍しいものに出会えた。
俺は物珍しい目で七波の恰好を見ていたのだが、そんな視線をお構いなしに俯いて、何かブツブツを呟いている。
「いつもこの時間なら、人がほとんど居ないからと思っていたら。しまった、完全に油断してた……どうしよう……を見られた。こんな格好じゃ……あのこと……絶対バレた……このことは……なのに……怒られる……」
耳に入ってくる七波の喋り声が、断片的にだがこちらに届く。
自己判断するに、どうやらこの恰好をしている所を見られて都合が悪いらしい。
「OK分かった。とりあえずその恥ずかしいコスプレ趣味の事は誰にも言わないでおく」
見られたのが俺でよかったな七波よ。この俺は人の趣味について、とやかく言うつもりはさらさらない。
誰にだって、秘密の趣味の一つや二つはあるもんだ。
今日の所は家にでも帰って、とっとと寝よう。
七波よ、おやすみなさい。
「とぼけないでよ! 私のこの恰好もそうだけど、私を見て気になっていることが絶対あるでしょうが!」
きびすを返して家に帰ろうとしたところを、七波は凄まじい速さと力で俺の襟首を引っ掴んだ。
首が少し閉まって、ヒキガエルの鳴き声みたいなものが出た。
「他に思うこと? うーん……」
正直言って、今の七波の恰好以上に気になるようなことが出てこない。
しかし、まてよ。あれだ、あれが気になる。
「あ! そう言えば」
「そうよ、それ!」
「七波よ、黒っぽい格好だと、夜道じゃ相手からは見えづらいから、安全の為にも反射板の一つくらいはつけといた方がいいぞ。気になってしょうがない」
以前、チャリで夜中に走っていたら、暗がりからいきなり歩行者が現れたときはビビった。
「ちっがーう! 気になる所がずれてる」
しかし、この返答も七波はお気に召さなかったようだった。跨っていた箒から降りて、俺に詰め寄った。
「惚けないでよ! 本当は魔女コスプレなんて言って、私が本物の魔女だってことに気付いているんでしょ」
「あー、ごめん。ある程度の事には理解を示すけど、本物だとか本気で思い込むレベルの相手となると、さすがに……」
同じ高校のクラスで二年間を過ごしてきたけど、七波がそんなことを本気で信じ込んでいるとはしらなかった。
今度から心持ち距離を置いておこう。
「私は決して電波さんじゃない! 魔法の箒で宙に浮いていたでしょう。今さっき、あなたの、目の前で!」
「宙に浮いていた? いや、爪先立ちの間違いだろ?」
確かにあんな靴でよく出来るとは思いはしたけど。
「浮いていたのよ! ほんのわずかだけど」
「あー、分かった分かった。ういていたねー、よかったねー」
魔法があったっていいじゃない、サンタが実在してもいいじゃない、心の中だけでも存在したっていいじゃない。七海はたぶん、そんな奴なんだろうな。
「まるで信じてない。どうしてだろ。何もバレていななかった事が分かったはずなのに、敗北感が込み上げてくる……」
どうやら俺の応対は正解だったようなのだが、正解しても七波には不服らしい。
ちょっとコイツのことを面倒臭い奴だと思い始めてきた。
「とりあえず、喜べばいいんじゃないのか。俺はこれっぽっちも信じるつもりなんてないし」
本来バレたらいけない事なら、そのバレた相手が信じないに越したことはないと思う。
「だけど、悔しいのよっ!」
じゃあ、これ以上俺にどうしろと!?
「こうなたら、しきたりだとか、秘密だなんて知ったことか! 意地でも私が魔法使いだって事を教えてやる」
すると七波はマントの内側から長さ二十センチ程の細い木の棒を取り出した。
おお、先の丸まっている部分が魔法の杖のそれっぽい。
七波はそれを高く掲げて呪文のようなものを唱え始めた。
「火を司る精霊達よ。我が呼びかけに応じて今ここに力を示さん」
呪文の内容も魔法のそれっぽいぞ。
何が起こるのだろうかと期待に胸が高鳴る。
「焼き尽くせ、ブレイズストーム」
――ポ。
杖の先端が赤熱しだしたかと思うと、マッチレベルの小さな火が灯った。
「おー、スゴイ」
俺は素直に驚きの声を口にする。
「どうよ!」
火を消しと杖をしまうと、七波は誇らしげに胸を張った。
「凄いな。お前って、マジックが出来るんだ、知らなかったよ」
前にテレビでマジシャンが、似た様な事をしていた。
あの時は、七波の出した火よりもさらに大きくて派手だったけど。
「ちっっがーーーう!!」
「おおっと! ビックリした……」
前に違うと言われた時よりも、さらに大きな声で言われた。耳がキンキンきたぞ。
「どうしてアンタはそんなに物分かりが……」
「しー。今は夜中。皆寝ているのに近所迷惑だ」
「ごめんなさい」
俺に注意されて、七波は少しは落ち着いたらしい。今まで出していた声のボリュームを二段下げて、俺に謝った。
そして、落とした声の大きさをそのままに、改めて七波が俺に問い詰めてきた。
「それよりどうして、今のが手品なのよ。何もない所から火が出たのよ? 魔法だって信じなさいよ」
「何もない所じゃなかったろ、杖から思いっきり出てたじゃん。今度は杖無しでやって見せろよ」
「え、それはさすがに……」
杖を指摘すると、途端に七海は顔色を怪訝なものになった。
やっぱ、その杖に仕掛けがあるんだな。
「ちょっとその杖、貸してみろ」
「いいいわよ、タネも仕掛けもないことだし」
手品道具を渡すことに抵抗されるかと思ったけど、七波は思いの他、すんなりと渡してきた。
材料は、木だな。
火を出す仕掛けはどうなっているんだろうか。ライターみたく火を出すスイッチでもあるかと思った。
もしかして音声に反応するとか?
七海は確かこんな呪文を言っていたっけ。
「火を司る精霊達よ。我が呼びかけに応じて今ここに力を示さん。焼き尽くせ、ブレイズストーム!」
夜中のテンションも手伝ってか、ちょっとノリノリで七海と同じ呪文を唱えてみた。
「無駄無駄、どーせただの人間。呪文を唱えた所で、何にも起こる訳が……」
――ゴオッ!
七波の出した火よりも何段も大きい火が杖から吹き出た。
「やっばい、なんか火力を間違えたみたいだ。てか、もうコレ軽く火事だよ。熱っ、熱い!」
「あんた、何者なのよ!」
思った以上に大きい火が出て慌てふためいている俺の事を、七波は信じられない物でも見ているかのように驚いている。
「そんなことより、この仕掛けはどうやったら止まるんだよ」
おおおっ、前髪のあたりでパチパチいっている。現在進行形で前髪が焦げてるよ。
「杖から手を放して。それで止まるはずだから」
七波の指示に従って堪らず杖を手放すと、地面に落ちた杖は火を噴くのを辞めた。
火遊びはしたらいけないってことがチリチリになった前髪を代償に、十分によく分かる出来事だった。
「どうしてただの人間が……。いやでも、理論上は誰でも出来ないことはないし……うーん」
理由は分からないが、七波が悩んでいる。マジックのタネが、見破られたからって事はなさそうだけど。
「待てよ、師弟関係ならバレてもおかしくないし、今まで未熟と馬鹿にされていた私でも、コイツを私の弟子にってことにすれば、便乗で師匠の私の評価はひょっとしたらもしかして……。これはチャンスかもしれない」
「師匠? 弟子? もしかして、お前が俺にマジックを教えてくれるのか?」
「あー、マジック。うんマジックに違いはないか。いいよ、マジックを教えてあげる」
「面白そうだ。その話乗った」
俺と七波との奇妙な関係は、そこから始まった。
やがて、才能に満ち溢れた弟子とへっぽこな師匠というデコボココンビが、魔法使いの業界を賑わせる事になる。
だけど、俺が七波の正体に気づくのはそれよりもずっと先の話。
お久しぶりの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして。
当作品は楽しめていただけたでしょうか、面白かったのなら幸いです。