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03:「私の短い人生の中で」

作者: 郡山リオ

 私の短い人生の中で、ガチャガチャ事件がある。

 私自身、「いくつの頃にあったことなのか」や、「繊細なこと」までは思い出すことはできない。だけど、それは二、三才のころのことだろう。とりあえずガチャガチャがデパートのトイレ前にある、廊下のような空きスペースにに置いてあったのだ。

 私は通路を挟み、向かい側においてあるベンチに座り、ガチャガチャをボケーと眺めていた。すると、どこからともなく私よりも少し年上だろうか、私ぐらいの弟を連れた兄弟がガチャガチャの前にやってきた。そして、ポケットに手を突っ込んだかと思うとおもむろに何かをガチャガチャに入れ、レバーを回してガチャガチャからカプセルを取り出したのだ。

 私はその兄弟がカプセルに入ったオモチャを取り出しているのを見て、ガチャガチャの中からカプセルを取りたくなった。ちなみに、中身のおもちゃには全く興味を抱くようなことはなかった。

しかし、ここは子供の意地だろうか、その兄弟が居なくなるまで私はベンチで必死にガチャガチャに走り出したい衝動を抑えていた。

「よしっ、見えなくなった!」 兄弟の姿がなくなったのを確認した私はガチャガチャに駆け出す。そして、手をガチャガチャのレバーに手かけた。

 しかしながら、お金の存在自体を理解しているはずもない私は、さっきの子供がやったようにレバーを回そうとするが、回らない。今なら、お金を入れていないので当然である。と、いうことも言えるが、当時はお金の概念を持っていなかったので許してもらいたい。

子供のほしいものが目の前にあり、それが手に入れることができないときにする行動は、暴れる、壊す、泣く、イジケル。

 しかしこれは、人に対しての行動であり、機械にしても無駄なことぐらいは、私にも分かっていた。だから、あきらめずに必死で回そうとし続けた。

「なんで、回んないの!」

 どんなに力をこめようが、非力な子供の無理やりで壊れるようなこともない。いくら回そうとしても、回らず、さっき居た兄弟がかなりうらやましく思える。

 私は挫けそうになりながらも、あきらめかけた時は目の前のプラスチックの中に入った色鮮やかなカプセルを見ては勇気をもらい、がんばろう! と、思えたのだった。

しかし、それを何回か繰り返していると、私はあることに気がついた。

「このカプセルは、どうやって落ちるのだろう?」

 確か、さっきの兄弟は下の空いたところからカプセルを取り出していた。私は中を覗いてみる。が、カプセルは見えない。

 思い切って透明なプラスチックのほうから中を覗くと、なんと底の真ん中辺りに穴があるではないか! 私は、本当に嬉しくなった。

「よっっしゃぁぁぁっ!」 今なら、こう叫ぶであろう。

出ないのであれば、自分から取ればいいのだと、このときの私は思っていたに違いない。


『鳴かぬなら、鳴かせてみよう ほととぎす』


 なんて、有名な言葉も理解できないどころか聞いたことすらない私は、なにかに目覚めていたのかもしれない。ルンルン気分でおもむろに手をガチャガチャの中に突っ込んだのだ。

 もちろん、いくら腕を奥に入れても取れるはずは無く、関節の可動範囲的に考えてみても、絶対に取れない構造になっている。のだけど、私はあきらめなかった。

 きっと、あと少しでさっき見たあの中に手が届き、カプセルを取ることができる……!


 やっていることは、犯罪である。


 しかも、いくら腕を入れても、指はカプセルの入っているところまでは届かず、出口の中で微妙に角度を変えてみたりしても、あと少しのところで届かなかった。

 さっきまでルンルン気分だった私は、だんだんと元気を失い、あきらめ、がっかりしながら、

「カプセルなんて、もう見たくない!」と思っていたに違いない。

 もしかしたら、悔し涙が出そうになっていたかも知れない。

 ため息混じりに腕を取り出そうと引っ張り、立ち去ろうとする。


が、腕が抜けない! 私は焦った。ルンルン気分とか、がっかりとか、もうそんなどころではない。腕が上手い具合に中の溝にはまってしまい、どうしようもないのだ。

 今ここで捕まったら、現行犯逮捕である。

 もちろん、このときもっとも恐れているのは父親であり、警察なんて存在すら知らなかった。懲役とか罰金とかよりも、リアルな後悔と苦痛をしたがう鉄拳制裁が私を待っているのだ。

「怒られる!!」 本当に、ピンチである。体の中にある、何かのセンサーが危険信号を全力で感知している。

「な、なんで、抜けないの!」

 心の中で叫ぶ、このときの私にとっては、人生がここで終わるか終わらないかぐらいの選択を迫られているぐらいに必死だった。そして今でも、過言ではないとこれを断言できる。

 私は焦りながら、腕を入れたときと同じように必死に腕の角度を何度も微妙に変えて抜こうとしてみた。だけれど、腕はいくら引っ張っても取れる気配は見せず、冷や汗だけがにじみでて、垂れるのが分かった。


……もしかして、殺される?

 今だからこそ、このような表現で心境を表すことができる。改めて学校の授業の大切さが身にしみた一瞬だ。

話は戻り、真剣にパニックに陥っていた私は、親に殺されそうになっているのではないか? という考えにまで発展していた。

「やばい~、やばい~、どうしよう~?」と、今の私は、言葉を付け加えてみる。


 子供が窮地に立たされ、どうしてもそこから逃げ出したいのだけど、何らかの諸理由によって逃げ出せないときにする行動は、壊す、泣く、泣き叫ぶ。


 私は、『泣き叫ぶ』を選んだ。

 高校になって受けた倫理の授業では、これを現実逃避と呼んでいた。

「うわーん」とか、そんな生易しい泣き方ではない。叫ぶのだ! もはや、文字では表現しきれない音量と声とボキャブラリーの少なさで助けを求めた。もちろん、親ではない誰かに。

 しかし、一番最初に現れたのは、私がこのようになるきっかけを提供した兄弟の兄(仮)である。

「お前は、くんじゃねー!」と思いつつも、文字では表現しきれない音量と声とボキャブラリーの少なさで助けを求めた。誰かそこらにいる大人を連れてきてさえくれればいいのだ。結果が良ければ全て良し。結果を求めるためなら敵までも利用する。なんてすばらしい子供だと、思わず感心しそうになってしまう。

 それからしばらくして、兄弟(兄)が連れて来たのは私の母だった。

「お前、おぼえとけよ!」と、心の中で叫んだに違いないであろう私は、泣き叫ぶ音量を少し下げた。

 さっきまでの助けを求める涙が、悔し涙に変わった瞬間だった。

 そして、ガチャガチャから腕が抜けなくなった子供をみた母は、私よりもパニックに陥った。


 まもなくして、デパートの係員が駆けつけ、私の救出作戦が始まった。約十分にも及んだ救出劇の間、私の涙が悔し涙と父の鉄拳制裁を恐れての涙とは、見抜く人は誰も居なかった。

 それから、やっと係員の人の手によって私の腕が抜けた。というときは、やれやれである。

しかし、抜けた私の手は思わぬ状態だった。

「大丈夫?大丈夫?大丈夫なの?」

 パニックが最高潮に達した母は、私が自分の腕を確認するよりも早く、手をつかみ、確認した。

……腕が血だらけだったのだ。


十何年も経った最近、あのときのことを母に確認してみると、

「動脈か静脈が切れていないか心配だった。心臓が止まりそうになったわよ。」と、責められる。

 救出された私は母の腕の中で、ぐったりとしながら泣いている。外の人たちからすれば、感動のシーンに見えなくもないシチュエーションだが、きっかけがガチャガチャなのと、涙の理由が父の鉄拳制裁を恐れての涙だということで、感動できるような場面ではないということは、分かるはずだ。そして、あのときぐったりしていた理由が泣き疲れて気分がルンルンからどん底に変わっただけのことだとは、誰にも気づかれはしないはずである。

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