DeaR.
/ DeaR.
それは、うららかな春の昼下がりの事だった。
「灰兎、ねぇ灰兎!」
「ん? どうしたんだよ、歩夢。そんなに慌ててさ?」
いつになく興奮気味に、俺の元へ小走りでやって来た歩夢は、慌てすぎてつんのめりながら俺にこうこう言ったんだ。
「驚かないで聞いてね? 物凄くびっくりする事だから」
「びっくりする事なのに、驚かないで聞かなきゃいけないのか……難しいな」
「ああ、もう、そう言う事言って……灰兎は意地悪だ」
「あはは、悪い悪い」
相変わらず、からかいがいのある奴なもんだから、俺は思わすからかってしまって、中々その『物凄くびっくりする事』が聞けなかった。
「もう、そんな事言うと、灰兎には教えてあげませんよ?」
「む、そこまで勿体付けられたのに教えて貰えないのは困るな……教えてよ、歩夢」
「ほほう、聞きたいですか? 灰兎君」
内容は全然想像出来ないけれど、歩夢の表情を見ていれば、それがどんな毛色の話なのかはすぐに分かった。
「聞きたいですなぁ、歩夢さん」
「そっかそっか……うーん、どうしようかなぁ?」
「えぇっ!? 『聞いてね?』とか言ってたのに、なにそれ!?」
「さっき灰兎が意地悪したから、お返しです」
楽しそうな歩夢。だからきっと話の内容も、楽しいものに違いない。そう思った。
「そんな事言わずに、教えてよ、歩夢」
「うーん……しょうがないなぁ……」
そう言って、嬉しそうに歩夢は俺に抱きついて、
「出来たの」
「出来たって、何が?」
「私達の、赤ちゃん」
「………え?」
言われて、俺は一瞬何の事か分からなかった。
歩夢は今、何て言った?
『私達の、赤ちゃん』、そう言ったのか?
赤ちゃんって何だ? えーっと、その、あれ? 子供?
俺と、歩夢の?
俺と歩夢の子供が出来た?
それって、要するに……
「これからは、頑張らなきゃね、お父さん!」
「俺? 俺が、お父さん?」
俺がお父さん?
俺の子供?
「うわぁっ! うわぁ、うわぁあぁっ!!」
にわかには信じられない言葉だった。
俺と歩夢の赤ちゃんが出来た?
それはつまり、俺が父親になると言う事で、えっと、俺は何をすればいいんだっけ?
「凄いよ、歩夢! 俺達の……俺と歩夢の赤ちゃんなんて、凄い、凄いよ!」
「喜んでくれるの?」
「勿論だよ、喜ばない訳がないだろ! 凄い事だよ。俺が、俺みたいな奴が、お父さん? これからはもっと今以上に頑張って、強くなって、歩夢とその子を守れるようにならないとな」
「嬉しい、ありがとう、灰兎」
「こちらこそ、本当にありがとう歩夢!」
どうすればいいのか、何をすればいいのかなんて、やっぱり俺には何も分からないけど、ただ、本当に心から嬉しくて、
「そうだ、これからは俺達、親になるんだもんな……練習しておこうか?」
「練習?」
「そうだよ、練習。ね? 『母さん』?」
「ふぇっ!? 何だか、恥ずかしいですよ……わ、私はもう少し心の準備が出来てからで」
「じゃあ、とりあえず俺は『母さん』の事『母さん』って呼ぶね」
「えぇっ!? だから、心の準備が!」
「これからもよろしくね、『母さん』?」
「もうっ! 灰兎はやっぱり、意地悪ですぅっ!!」
その日から、俺は歩夢の事を『母さん』と呼ぶ様になった。
それがまさか、あんな誤認の原因になるとは夢にも思わなかった。
でも、それ位嬉しかったんだ。自分に子供が出来る事が、それが愛する歩夢との子供だというのだから、なおさらだ。
「母さん?」
「な、何ですか、灰兎?」
「あはは、何か変な気分だな」
「じゃあ止めましょうよ」
「でも、その子が生まれて来たら、『変な気分』何て言ってられないんだしさ」
「そ、そうですね」
その日、俺には守るべき者が増えたのだった。




