D-side 11
/D-Side.
「気障」
「っっっ……」
「『全然? 日頃の感謝とか……いろいろ詰め込んでたら、こんなになっちゃっただけだよ』」
「いいから、再現しなくていいから」
「ここ一番のキメ顔で」
「言うなって!」
母さんの誕生日の記憶だった。ひよこの言う通り、気障だった。当時の俺はこれ以上ないくらい格好いいつもりでいたのがその時の顔を見れば分かる。それがもう、どうしようもないくらいに恥ずかしかった。
「この記憶も外れ?」
「そうだな、大外れだ。ただ俺が恥ずかしいだけだった」
「そう」
早速俺達は幾つかの記憶を旅してみた。今の記憶の他に、『俺の誕生日の記憶』と『特別補習講座の記憶』を覗いて見たが、総じてひよこの感想は、
「灰兎、気障」
と言う四字熟語の様なものだった。いや、反論出来ないののだが……
俺への誕生日プレゼントのシャツをサイズ違いで買っていた母さんに『母さんの笑顔だけで十分だよ』とか、授業内の小テストを十回連続で不合格だった俺への特別補習の時に『母さんと二人きりになりたくて、わざと不合格を積み重ねたよ』とか……気障を通り越して、もはやキモイの領域である。
俺が『記憶の世界』と呼んでいるこの世界は、正確には『深層心理世界』と言うらしい。俺自身難しい事は良く分からないのだが、その辺の解説はひよこがしてくれた。
「この世界には幾つかのルールがある」
「ルール?」
「そう。意識上の存在である灰兎は、無意識下の世界であるここでは長時間活動出来ない」
「ん? だからしょっちゅう電池切れみたいに世界が暗転してたのか?」
「そう」
何でも、本来ここの住人ではない俺は、この世界にいるだけで消耗してしまい、電池切れを起こすとこの上の『表層心理世界』に吐き出されるらしい。で、ある程度の体力を回復したら、また自然と『深層心理世界』に戻って来て、記憶探索が出来るのだそうだ。俺には意味が分からずに目を白黒させていたら、『深層心理世界』が海の中で、『表層心理世界』が海面上だと思えばいいと言われた。俺はそれで何となく分かったが、果たして伝わるのだろうか?
「最初は『意識の境界』を越える為に、貴方を限りなく『無意識』に近い状態に偽装していた。だから目的も記憶も失っていた」
「えーと……」
「検問を通る為に、貴方に催眠をかけて記憶を封印した……そんな風に考えて」
「了解。とにかくまっさらな状態だったから、あんな風に何もわからなかった訳か」
「そう」
そして、表層と深層を行き来しながら、表層で記憶を取り戻しつつ、深層でゆっくりとその環境に適応して来たのだそうだ。そうして今は、何とか『深層心理世界』でも、自我を保ちつつ『表層心理世界』に漂う『記憶』を渡る事が出来る様にまでなったのだと言う。
正直ちんぷんかんぷんだが、ひよこは『記憶を辿る資格を手に入れたと思え』と言ったので、一応それで納得する事にした。長いものには巻かれろとは良く言ったものである。
しかし、見渡す限り突き当たりも見えないこの広大な世界で、手がかりも無しにどうやって俺は、失った記憶を探せばいいのだろうか? 手がかりもないので、とりあえず手当たり次第に記憶を覗いた結果がこれである。
このままこんなやり方を続けていたら、いつまでたっても俺は失った記憶にはたどり着けない気がする。だがそれでは困るのだ。
「なぁ、ひよこ」
「ん? ふわぁいっ!?」
ふと思いついたアイデアが可能かどうかを確認しようと質問すると、ひよこの奴、眠そうに舟をこいでた。いや、実に可愛かった。世界ランクで言えば、母さんについで二位をつけてやってもいい、って俺はどれだけ偉そうなんだよ……
「眠いのか?」
「いえ、全然」
「よだれ、拭け」
「ふぇっ!?」
そう言ったら制服の袖でぐしぐし拭いていたが、それはそれでどうなんだ? まぁ、『精神世界』だと言う事だから、洗濯とか、そう言う面倒なものはないのかも知れないが、何と言うかお行儀的な問題な気がするぞ?
「で、聞きたい事があるんだが」
「はい」
何というか、記憶を探す冒険のわりに、随分とのんびりな空気で助かった。状況は切迫しているのかも知れないが、こうしたのんびりとした空気のお陰で、比較的余裕を持って考えることが出来るから。
「例えばビデオとかってさ、ラベルとか貼って管理してるだろ?」
「はい」
「俺の記憶にも、そんな感じのラベルとかタグとかって付いてないのか?」
もし、そう言うものがあるのだとすれば、その日付とか名前を頼りにある程度『記憶』を限定出来ると思ったのだ。インターネット等で何かを調べる時に、絞り込む為に言葉を増やしたりするあれである。
「可能」
「おおっ!?」
余り期待していなかったのだが、これは嬉しい誤算だった。
「ただ、気をつけて灰兎」
「何を?」
いつになく真面目な顔のひよこ。真剣な眼差しで俺の事を見つめて諭すように言った。
「貴方の知りたい『記憶』周辺は、非常に混乱してる。だから、その『記憶』を鵜呑みにしないで。自分でももう一度しっかり思い出して」
「ん? どう言う事だ? 俺の『記憶』なんだろ? 『記憶』が間違う事なんてあるのか?」
どうにもひよこのいう事は難しい。十の言葉を言われたら、その三位しか理解出来ない事が多い。これは俺の頭が残念だからなのだろうか? それとも、この世界特有の専門用語ばかりが飛び交っていたりするのだろうか? ……専門用語は大抵噛み砕いてくれるので、恐らく前者だな。俺のお頭が非常に残念なせいだろう。
「人の『記憶』は曖昧。『完全記憶能力』を持っていない場合、その『記憶』は前後のつながりや、思い込み等で簡単に改竄されてしまう……灰兎の記憶はその『失った記憶』を中心に酷く混乱して絡み合っている……だから、貴方は自分の『記憶』に騙されない様に気をつけて」
「お、おう……」
何だか偉く複雑な話になっている様だが、要は見た『記憶』を鵜呑みにしないで、しっかりと確かめましょう。的な事なのだろうと解釈した。
「とりあえず分かった、気をつける」
「そうして」
「ああ」
何というか、俺はまだ元気なのだが、見た感じひよこの消耗が激しい様に見える。確か消耗すると『表層心理世界』にはじき出されるんだっけか? だとしたら、一旦今回はこの辺でお開きにして、また次回という事にした方がいいのかも知れない。
「ひよこ」
「はい?」
「疲れただろ?」
「い、いえ」
「疲れただろ?」
「………はい」
「んじゃ、今回はここまでにしよう。また次回、俺の記憶探索に付き合ってくれ」
「………分かりました」
魔女に遣わされたとはいえ、俺の都合に完全に巻き込まれた状態にある彼女に苦痛を強いるのは俺もしたくない。ん? って言うか……
「なぁ、今まで聞いてなかったけど、お前って何なんだ?」
「それは、答えられません」
「……まだ駄目なのか?」
「はい」
「もしかして……」
「答えられません」
むぅ……もう全てに答えてくれるものだとばかり思っていたが、未だ『ひよこ』の正体は不明のままらしい。『もしかして……』この言葉の続きはありえない俺の妄想だった。でも、似てるんだ。あの人に。俺の大切なあの人にだ。
「いつか分かるのか?」
「はい」
コイツは嘘は付かないと思う。だから、その内分かるのなら、今は聞かずに置こうと思った。
「あ、そうだ」
「はい?」
「俺この後また『表層心理世界』に吐き出されるんだよな?」
「そう、『Reject』される」
「ん? りじぇ……なんだって?」
「『吐き出される』でいい」
「そっか……んで、その『吐き出される』行き先を選んだり出来ないのか?」
「……出来ると思う。何処か行きたい『記憶』があるの?」
「ああ、だったら……」
俺は選んだ記憶に『吐き出される』方法を確認して、それを実行した。
世界は、暗転した。




