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R-side 09

/R-Side.



 医者は時間が解決すると言った。それは逆を言えば今の医療ではどうにも出来ないと言われたのと同義だ。でも、いつまでも待っていられないんだ。母さんは目を覚まさないし、このままではきっとお腹の子供にも影響が出てしまう。時間がなかった。実際はどうだか分からないが、俺はそう思っていた。精神科にもかかってみた。でも結果は同じ、『ゆっくり治療していきましょう』カウンセラーはそう言った。俺は馬鹿だから、それ以外に記憶を取り戻す方法なんて、同じ様に頭に衝撃を与えてショックで取り戻すとかそんなものしか浮かばなかった。

 だから、自宅の二階の窓から飛び降りてみた。頭から落ちる様に……

 結果はただ怪我をしただけだった。ただ痛いだけだった。高さが、衝撃が足りなかったのかも知れないとも思った。でもそれを橘に相談したら『死ぬからやめろ』と止められた。俺は『死ぬ』なんて思っていなかったが、それで死んでしまったら何の解決にもならないから、ショック療法も諦めた。でも、その結果俺は打つ手を失ってしまった。どうしようもなくなってしまった。そんな時だ、俺が不思議なサイトに出会ったのは……

「なんだ? このサイト?」

 飾り気の無いシンプルなそのサイトには『貴方の望み叶えられるものだけ叶えよう』なんて偉そうにも書いてあった。そして、その下には貴方の願いを書きなさい。なんて欄があって、その横にシンプルな送信ボタンがあるだけの、本当にそれだけのサイトだった。ふと、以前そんな噂をしていた女子達の事を思い出した。ホントだったのか? そんな風に一瞬でも思ったのは、俺がその噂に縋りたかったのかも知れない。

「ま、どうせネタサイトだろうが、今は藁をも縋る立場なんだ。どうせ無理だろうけどな」

 そんな軽い気持ちで『失った過去の記憶を取り戻したい』と書いて送信ボタンを押した。

 よく考えれば、それだけ打ち込んだって、俺の連絡先も分からないし、返信の送り様が無い事に気が付いて、自分の行動の馬鹿さ加減に呆れかけた時だった。

「こんばんは、少年。良い月夜だな」

 俺のパソコンのディスプレイに見た事も無い女の人が映っていたのだ。

「はぁ?」

 その人は、まるで夜空を身にまとった様は真っ黒いワンピースを着ていて、顔には能面みたいな無表情を貼り付けていた。息を呑む位に美しい顔には全く似合わない尊大な態度だった。

 あまりに自然に挨拶なんてして来るものだから、俺は一瞬何が起きたのか分からずに硬直してしまったが、すぐにこの異常事態に気付いて、薄ら怖くなってパソコンのコンセントを抜いた。確実に抜いた。ブツンと音を立ててパソコンの画面は消えた。消えたんだ。

「な、なんだったんだ、今のは?」

 見た事も無い女の人の動画なんて開いた覚えは無かった。ウイルスの類なのだろうかと、首をひねっていると、突然パソコンが立ち上がった。『コンセントは刺さっていないのに』だ。

「全く自分で呼んでおいて、失礼にも程があるぞ、少年。叶えたい願いがあるのだろう? 折角それを叶えてやろうと言っているのに、突然繋がりを切る奴があるか」

「な、何なんだよ、あんたは!?」

『コンセントは刺さっていない』。つまりパソコンに電源が入るはずが無いのだ。それはもう立派な恐怖体験だった。それこそ普段の俺なら、裸足で逃げ出す類の恐怖体験だ。でも、画面の中の魔女みたいな女は言った『願いを叶える』と。間違いなくそう言ったのだ。

「私が何者か等というのは、実に瑣末な事なのだよ、少年。君は私の『世界』にアクセスした。これは実に珍しい事、幸運な事なんだ。宝くじの当選番号を引き当てるのよりも十倍は難しい確率を設定してあるんだ。君は実に幸運なんだよ、少年。故に君はその幸運を享受する義務があるんだ。私と出会った以上、君はその願いを叶えなければならないんだよ」

 まるで歌劇の台詞の様なふざけた言い回しで、魔女みたいな女はふざけた事を口にした。

「なんだそれ? なんだよそれ? 『願いを叶えなければならない』って……叶わないから、どうしようもないから神に祈る様な気持ちであんなふざけたサイトにアクセスしたんじゃないか!! それをあんたは、無責任に、『叶えなければならない』だって、ふざけやがって!」

 そんな簡単に、叶うものなら叶えてる。そんな簡単に叶えられるなら、叶っているんだ。それを気軽に、簡単に、よくも言ったものだ、そう思った。何より、不真面目そうな女の態度が気に食わなかった。

「威勢がいいな、少年。だから言っているだろう? 『君の願いを叶える』と」

 何処までも尊大な態度と口調で、その女は言った。

「医者もカウンセラーもみんな無理だって言ったんだぞ? 現代の医療じゃ難しいって、時間が解決するのを待つしかないって、それなのにあんたに何が出来るってんだよ!?」

『願いを叶える』と。でも、俺は信じられなかった。こんなふざけた奴に、それが出来るとは思わなかった。科学で無理だと決め付けられた事を、どうやって覆すんだって、出来る訳ないってそう思った。叶うなら、神にでも悪魔にでも魂を売ってても、縋り付きたいと思っていたくせに、目の前に差し出された手が信じられなかった。

「少年、君は魔法を信じるかな?」

「はぁ?」

 そんな疑心暗鬼の俺に、火に油を注ぐ様なふざけた質問だった。

「あったら良いな、そう思うよ。魔法だろうが呪いだろうが、なんだって良い。失った記憶が戻るなら、思い出せない過去を取り戻せるなら、悪魔だって信じてやるさ!」

 腹が立った、頭にきた。でも、もう俺には、他に縋るものがなかったから、

「助けてくれ、あんたが叶えられるなら、俺はもうそれを頼るしかないんだ……」

「良い答えだな、少年。信じるという事は決して受動的な感情じゃない。そうした積極性こそ超常を引き寄せるのには必要だ。私はな、少年。君が必要としたから現れたんだよ。理解も和解も必要ない。ただ必要なのは真っ直ぐな君の願いだけだ」

 気が付くと、魔女のような真っ黒な女は、俺の目の前に立っていた。

「魔法はある。いや、正確には魔法のような現象はこの世にしっかりと存在する。だな。喜べ少年、君の願いを叶えてやろう」

 そうして仰々しく不思議な呪文を唱えた後、魔女のような女は『私は魔女だ、魔女でいい』と言った。俺はそれをピッタリだと思った。魔女もそれを『ピッタリだろう?』と笑った。



 魔女は言った。『記憶を探すなら自分の中だ』と。

 魔女は言った。『失ったのは記憶への筋道だけだ』と。

 魔女は言った。『私が少年に授ける魔法は、心の深遠へと潜る術だけだ』と。

 魔女は最後にこう言った。

「少年、君が歩むこれからの道は、まだ何処にも繋がっていない。だから君の願いが叶うかどうかは君の運と心次第だ。私は願いを叶えると言った。だから君の願いは叶う。でも、願いを叶えるのは、あくまで君だという事を努々忘れないでくれたまえよ?」

 最後まで歌劇の様にそう言って、いつの間にか俺の部屋から魔女は消えていた。



 そのまま世界は闇に消え、俺は一人、何もない『荒野』に立ち尽くしたんだ。

 いつか見た夢の中の様な、何もないただ広いだけの『荒野』だった。



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