D-side 09
/D-Side.
目覚めると同時に驚いた。もはやそこに廃墟はなかった。
「お帰りなさい」
「お帰り?」
背後からの声に振り返れば、そこには見慣れない制服姿のひよこ。ちなみにネクタイはそんな風にちょうちょ結びにするものじゃないのだが、面白いので放置した。とにかくひよこはいつもと違って制服を着込んでいた。
だが、この世界に二人しかいなかった筈の人間が、今は俺の回りに溢れかえっていた。みな俺やひよこと同じ制服を着込んで、楽しそうに行き交う学生の群れの中に俺達はいた。
「おいっ!」
一人の学生が、ひよこに気が付かずそのまま直進しようとして来た。このままじゃぶつかる、そう思って呼び止めようとした時だった。
「え?」
するりと、俺の手はそいつの方をすり抜けて、
「彼らに実体はありません」
そいつはそのままひよこもすり抜けて何事もなかったかの様に平然と歩き去ってしまったのだった。どういう事だと混乱する頭に、狙いすましたかの様にひよこの言葉が飛んで来た。
「前回同様、これは貴方の記憶を投影したに過ぎないから」
「だって、前とは比べ物にならない位の……」
「それだけ貴方の記憶が明瞭に回復してきた証拠。違う?」
その説明をまるでスポンジの様に吸い込んで、俺の頭の中にまたいくつものイメージが浮かび上がっては消えていく。
「ひよこ、これは、この記憶は、『俺の記憶』なのか?」
前回、俺がこいつに聞くことが出来なかった質問を投げかける。いつものように肯定か否定をされるものだとばかり思いながら。なのに、今回はそのどちらでもなかった。いつもの様な保留でもなく、
「それはもう、貴方は知っている筈」
明確に、迷いもなく、ひよこはそう言い切った。分からないから聞いたつもりだった。でも、言われて気付く。俺はただ自分の答えに後押しが欲しかっただけだ。俺は既に、その疑問への答えを持っていた。
「俺は、いや、俺が『月夜野灰兎』なんだな?」
「………」
ひよこは答えない。しかしその目は言っていた。『お前は答えを知っている』と。だから、
「俺は『月夜野灰兎』だ」
「はい、おはようございます、灰兎」
俺がそう言い切った時、ひよこは笑った。今までに見たどの笑顔よりも華やかに。
「おはよう?」
「はい、貴方はやっと目覚めた。この世界とともに」
「この世界と?」
ひよこの言っている意味がやはり分からない。俺はとっくに『目覚めていた』のに。
「貴方はただ、この世界をさ迷っていたに過ぎない。明確な目的もなく、ただ、表層の記憶、夢の中を漂っていたに過ぎなかった……」
「夢を漂う?」
ひよこの言葉には不思議な表現が多すぎる。俺のお頭はさっき見た夢の通り非常に残念な作りになっているので、小難しい言葉を並べられても分からないのだ。でも、そうか、俺は確かにさっきまで夢を見ていたし、ここに来る前はいつだって夢の中にいた。ここに来てやっていた事といえば、何をすべきかを探して歩いて、記憶を探してさ迷っただけ。それがひよこの言う『夢の中を漂っていた』という事になるのかも知れない。
「でも、それは無意味な漂流ではなかった。その漂流を経て、やっと貴方は本来の自分の目的を『取り戻した』から」
ひよこは良く笑った。今までの能面面も嫌いがなかったが、やっぱりこいつには笑顔が似合うそう思った。
「俺の感じるままの事を言うぞ、良いか?」
「どうぞ」
未だひらめきに根拠はなく、最後には『気がする』がくっついているが、おぼろげながらもこの世界の姿が見えてきていた。
「ここは、俺の記憶の世界だ。違うか?」
「いえ、厳密には違うけれど、その認識で問題ない」
「そうか、次だ。俺の目的、それは母さん『月夜野歩夢』と俺の間にあった筈の何かを『取り戻すこと』。これでいいんだな?」
「問題ない」
つまりはそういう事だ。
俺は、『月夜野灰兎』は、『未だ目覚めない母さんとの思い出を取り戻す為にここにいる』。そういう事だったのだ。




