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R-side 05

/R-Side.



約束。それが思い出せなかった。

誰と交わしたのか、どんな約束なのか。何一つ思い出せなかった。



「うわぁっ!? 灰兎、灰兎っ!?」

 俺が部屋の中で悶々と悩んでいると、階下から叫び声。この家に住んでいるのは俺と母さんなので、勿論この声は母さんのものだ。

「何? どうしたのさ、母さん?」

 普段声を荒げない母さんが、こんな風に悲鳴を上げる時は限られている。大抵の場合が虫との遭遇時に母さんはこうして取り乱す。大方『G』でも出たのだろうと思い、ダラダラと階段を下りた。『G』との遭遇ならば、恐らく台所。階段を下りて、廊下を抜けて、リビングを通り、台所に辿り着く頃には敵も撤退を決めている頃だろうと、俺はのんびりと階段を下りていた。

「どうしたのさ?」

「灰兎っ! ゴキ、ゴキブッッ!!」

「ぬなっ!?」

 階段を降りきった直後、想定していた方向とは逆方向から、抱きつかれた。つまり台所とは逆方向の廊下。この先にあるのはトイレと風呂だ。

「ご、ゴキブリィッ!!」

「ちょ、待って母さん、動かないで!!」

 そして、皆さんのご想像通りだった。

 母さんは一糸纏わぬあられもない姿で俺の右腕に抱きついていた。動くと色々見えてしまう。そう、色々だ。母親の裸なんてと思う人も居るだろうが、それはお前、解っていない。母さんだぞ? クラスの男子共に『年齢不詳の美少女教師』とか言われている位の若作りだぞ?

「やっつけて! 灰兎、そいつやっつけて下さい!!」

「分かった、分かったから、とにかく動くな! そして、タオル位巻け!!」

「きゃあぁ~っ! 飛んだ、飛びましたよ灰兎!!」

「どうわぁっ!? 離れるな! 動くな! 飛び跳ねるなぁっ!!」

 しかも、俺はその母さんに許されざる想いを抱いているんだぞ? 要は『好きな女の子に裸で抱きつかれた』と言う状況なのだ。パニックにならない方がおかしい。分かってる、分かってますよ? 俺がマザコンだって事も、それが以上だって事も分かってる。

 でも、母さんなんだ。この超絶可愛い母さんを目の前にしてみてご覧なさい? 惚れるから。……いやいいです。ご覧にならないで下さい、惚れちゃうから……母さんは俺のだ、こん畜生。

 それから暫く、飛び回るゴキブリを追いかけつつ、跳ね回る我が侭な果実に目を奪われつつ、新聞紙を丸めつつ、その武器を振り回しつつ……十数分間の長い戦いの末、ゴキブリはトイレの便器の向こうに、母さんはバスルームに納まって、俺は悶々とした想いを抱きながら、自室へと帰った訳である。

「全く……母さんは……」

 言葉には出さないが、この後『いちいち可愛いんだから』と続いてその後はため息である。虫如きであそこまで騒げるって、若いよな。そう思う。普段がしっかりしているだけに、このギャップがもうたまらない。って、俺は何考えてるんだよ? 母さんだぞ?

 これ以上母さんの事を考えていると、頭が残念な方向に思考を進めて行ってしまいそうなので、ここで一度軌道修正を試みる。そもそも、このパニックが無ければ俺は考え事があったじゃないか? そう思って、少々強引ではあるが元々考えていた議題に戻る事にした。



 約束。

「約束か……」

 俺は一体、誰と約束をしたんだろう?

「……駄目だ、頭が真面目な方にシフトしてくれない」

 真面目に考えようとすると、先ほど見た母さんの姿がちらついて集中出来ない。そもそも、あそこまでふざけた状況から、いきなりシリアスに頭を切り替えるのは無理があった。

 時計を見ると、そろそろ日付が変わろうという時間だった。

「もういいや、今日は寝て、続きは明日考えよう」

 そう決意して寝巻きに着替え布団に入ると、すぐに睡魔はやってきた。

「おやすみなさい」

 誰に言うでもないその言葉を聞きながら、何故だろうか、

「約束……か」

 その約束を俺は、母さんと交わした様な気がした。例によって根拠も何もないけれど……


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