死線
「カズ? やっぱりカズだ」
声と一緒に。
男が駆け寄ってくる。
僕の名を呼んで。
黒いスーツに黒ネクタイ。
葬式帰り丸出し、のが
午後4時。
ショッピングモールのフードコートは空いていた。
4人テーブルに1人。
ゆったりした気分で
僕は、アイスココアを飲んでいた。
誰か分からぬ男は、向かいに座った。
「俺。分かんない?」
マッチョな身体。
鼻の下に大きな黒子。なんか見覚えが……。
「ユウキ?……おすもうさんみたいな、あのユウキか」
ユウキとは、6年でクラスが一緒だった。
夏休みも冬休みも、毎日のように見ていた顔、なんだけど。
こんなに大きな目では無かった。
体型が変わって顔つきが変わったのか。
「カズは、背が伸びたんだな……まさか、こんなとこで会うなんて。えーと、12年ぶりか。まさか、こんな日に会うなんて。……ユミが、引き合わせたのかな」
ユミ?
「あのさ、ユミの葬式の帰り、なんだ」
だから、ユミって?
「イシカワ、ユミ。忘れた? 3人で、つるんでたのに?」
思い出した。
おっかない、あのユミか。
……死んだのか。
「病気?」
「……ガス中毒」
「事故か」
ユウキは、
首を横に何度か振って
ぶるっと、震える。
そして顔を近づけてきて
「わかんないんだ」
と。
「へ?」
「自殺か、事故か、殺されたのか、わかんないんだ」
「……」
気味の悪い話。
あんまり聞きたくない。
ユミが死んだって、驚いたけど
悲しくは無いし、可哀想だとも思わない。
「カズ、ユミは、呪い殺されたかも知れない」
内緒話のように、ユウキは言う。
「呪い? お前、ホラーゲームのやりすぎだろ」
コイツはホラーゲームをやりこんでいたっけ。
ばかばかしい、と思った。
でも、続く話は聞き流せない。
「ユミは『変な音が聞こえる』と、言ってたんだ」
「変な音?」
「きゅっ、きゅっ、って音。何も無いのに、誰も居ないのに聞こえるんだ。……怖がってたんだ、」
瞬きしないユウトの顔が怖い。
音の話が、もっと、もっと……怖い。
その時だった。
きゅっ、きゅっ、
きゅっ、きゅっ、
あの音、
が、
聞こえてきた。
ユウキの声より、
BGMのフルートの音より
耳の奥まで響く。
しかし、音源は無い。
……自分にしか、聞こえていないのだ。
分かっているのに
きゅっ、きゅっ、
音のする方に目を向ける。
空席のテーブル
誰も居ない。
何も無い。
きゅっ
きゅっ
一定のリズム。
移動している感じもする。
近づいてきて、遠ざかり
消えた。
あれ?
ユウキが……同じ方向に顎を向けている
「えっ?」
「えっ?」
同時に驚き、互いの顔を近づける。
「カズにも聞こえたんだな?」
ユウキに腕を掴まれた。
「うん……聞こえてた」
「なんでカズにも聞こえるんだろ。アレは幻聴と思ってたんだけど」
「僕も……そうだ」
幻聴と知ったのは大学に入った頃だ。
サークル仲間と行ったファミレスで
きゅっ
きゅっ
耳障りな、あの音が近づいてきた。
「何の音かと聞いたら、皆に変な顔された。……なにも聞こえないって」
「俺は高校の時だ。授業中に聞こえてきた。『なんだあの音』って大きな声で言っちゃって……結果、他の奴には聞こえてないと、分かった」
「カズは、いつから、さっきの音、聞こえてるんだ?」
「中学の時かな。リアルな音だと思ってたけど」
「おい、まさか、ユミも?……同じ音を聞いてたのか?」
「そうだよ。ユミと、同じ音を聞いてるのかも知れないと、そういう話になった」
なんで?
気味が悪い。
「ユミは、あの子の亡霊じゃないかと、言ってた」
「あ、あの子、って?」
声が震えてしまう。
「カワイ、の妹だよ」
「カワイ?」
そんな奴、いたっけ?
「引きこもりのカワイ。6年の時は、毎日のようにカワイの家に行っただろ? 昼間は親が居ないし、ゲームもマンガもたくさん持ってたし」
「あ、」
……アイツだ。
古い木造アパートの2階。
狭くて散らかった部屋。
退屈で行き場が無いと、押しかけていた。
カワイは友達ではなかった。
ユミの、言いなりになる奴隷、だった。
「妹が居ただろ? ユミが、いつもウザイって追い出していた。あの子、アパートの廊下を行ったり来たりしてたじゃないか。きゅっ、きゅっ、って音の鳴る靴で」
きゅっ
きゅっ
「あ、アレか、……あの音、なんだ」
でも、なんで?
僕ら3人
あの音が、聞こえるんだ?
「だからさあ、ユミは、あの子の幽霊じゃないかって」
「幽霊!……幽霊ってことは…… あの子、死んだのか?」
ぞっとしてきた。
「知らないけど、死んだかも知れないだろ?」
「なんだそれ。カワイの妹が死んだなんて、僕は聞いてないけど」
学校で聞いた覚えは無い。
「カワイはずっと不登校だろ? 先生が皆に知らせたかどうか。誰もカワイを知らなかったんだ。ユミは家が近いから知ってたけど」
最初はユミに誘われて、カワイの家に行ったのだ。
だんだん、思い出してきた。
随分、好き勝手にしていたと。
冷蔵庫を勝手に開けてジュースを飲んだり
スナック菓子をカワイに買ってこさせたり
「カズ、最後に、カワイの家に行った日、憶えてるか?」
「最後に?……分からない」
「雪が降って寒かった。多分、あの日だと思うんだ。ユミはあの子を、カワイの妹を、廊下に追い出した。……もしかしたら、あの子、凍死したかも」
「ええーっ、凍死?」
「うん。もし凍死してたら、化けて出てるンじゃないか? ユミが言ってた通り、あの子の幽霊かも。……俺たちに、取り憑いてるんじゃないか」
「取り憑いてるって……殺されるってことか?」
ヤバイ。
これって、メチャメチャ怖い話かも。
でも、カワイの妹が死んだなんて、ユウキが勝手に想像してるだけ。
「ユウキ、カワイの妹が、本当に死んだか、確かめたら、いいんじゃないか?」
生きてるに、決まってる。
「そっか。カワイに聞けばいいのか。よし、あいつに会いに行こう」
ユウキは、立ち上がった。
「え? まさか、今から行く気?」
「カズ、用事あるの?」
「別に……暇だけど」
「じゃあ、行こう。なんか、今行かなきゃいけない気がしてきた」
「いいけど。……家、憶えてるの?」
「だいたい、わかる」
ユウキは、腕を掴んで引っ張る。
強い力。
とても、逆らえない
2人、カワイの家に向かった。
フードコートで話し込んでいる間に
どれ程の時間が過ぎたのか。
すっかり日が落ち、
外は暗くて、静か。
行き過ぎる車も
人も無い
「カズ、あの大きな橋を渡って、左だったと思う」
「団地の手前か。ユミはあの団地だったな」
「葬式は団地の集会所だったよ」
「ずっと団地に住んでたのか」
「さあ。東京でモデルをしてた、らしいけど」
「モデル? マジか」
あのユミが、と驚いた。
整形でもしたのか、と。
「大学生のときにスカウトされたって。東京の芸大。カズも東京の大学だった?」
「うん。E大」
「うわ、E大なんて、 凄いじゃないか」
「中学からエスカレートだから。楽してる」
「就職は地元?」
「T銀行。こっちの支店に」
「駅前のビルだよな。人生勝ち組じゃないか」
そう、勝ち組。
毎日幸せなんだ。
時折、聞こえる、得体の知れない、
あの音さえ、無ければ。
きゅっ、
きゅっ
きゅっ
忘れた頃に、あの音は近づいてくる。
姿は無い。
音だけが、やってくる。
近頃は、いつまた、あの音がやってくるのかと
身構え、
本当のところ……怯えていた。
「ユウキは、何してるの?」
「俺はゲームクリエーターだよ」
ユウキは、初めて笑った。
「なるほど。夢をかなえたんだ」
「カズだって。バンカーになりたいと、言ってたよ」
「母さんの夢だよ。一流の大学を出てメガバンクって」
「カズがそんなに頭良かったとはね。K大附属中学だろ。塾も行かずに」
「………へ?」
自分は、塾に行っていなかったのか?
知らなかった話を聞いた気がする。
自身のコトなのに。
「塾も何にも、行ってなかったのは、俺たち3人だけ、だったな」
……そうだった。
塾、サッカー、水泳教室、ピアノ、書道……
皆が何らかの習い事に通っていた。
放課後の予定が無いのは3人だけだった。
夏休みも冬休みも春休みも
何も予定は無かった。
「俺んち、兄ちゃんの連れの溜まり場だし、ユミの家は、ヤバかった」
ユミの家は、父親が居た。
大抵、酔っ払っていた。
ありありと、昨日のことのように、思い出してしまった。
忘れていたかった、
惨めな子供時代を。
「カズの家は、バーチャンが、寝てたもんな」
「……うん」
不意に汚物を見たように、嫌な感じに襲われる。
まさに汚物そのもの、みたいに、臭かった、ばあちゃん
気味の悪い声。
水をくれ、背中をさすってくれと、呼びつけられる。
それが嫌で家に居たくなかった。
「俺とカズは、カワイに、甘えてただけ。ひどい事はしてない。ユミだよ。冷蔵庫開けて、肉とかベーコンで料理したことも、あったっけ」
ユミは、遊びのように台所に立った。
カワイは止めたが、聞かなかった。
「あっち、だな」
話をしながら歩いているうちに
橋まで辿り付いた。
「なんで?」
ふと奇妙なことに気付いた。
明るすぎる、と。
時間が巻き戻ったかのように、
辺りは夕暮れの時のよう。
橋の上で
あっちから子供が走ってきた。
青いベンチーコート?
8月なのに?
青白い顔、天然パーマの男の子。
「ヨシ。ヤッタ。クリア」
と、
拳を振り上げながら、意気揚々と。
何がそんなに嬉しいのかと
聞きたくなるような顔して
脇をすり抜けていった。
「い、今のカワイじゃなかったか?」
ユウキはまた、腕を掴む。
「へ? 何、言ってんの……子供だよ」
「俺が憶えているカワイに、似てた」
「……小学生の時の?」
「うん。それしか、知らない」
「……僕も、そうだな」
あれから、会ってない。
あれから、って……。
いつから、だっけ?
「ユウキが最後にカワイに会ったの、いつだった?」
「最後に家に行った日、だと思うけど」
「それ、いつなんだろう?……雪が降ってたんだよね」
「……冬休みかな」
「6年の冬休みか。僕も、そうなのかな」
分からない。
アパートの2階、右から2番目のドア。
カワイの家がハッキリ見える。
100メートルは離れているのに。
不思議……。
照明も無いのに、表札の文字まで見えている。
あれ?
さっきより明るい。
辺りが、白いせいだ。
え?……雪が積もっている。
8月なのに?
急に寒気
一体どういうこと?
「ユウキ、僕ら、夢を見てるのか?」
「夢は2人で見ないだろ。俺の夢にカズが出てきてるのか?」
ユウキは、また腕を掴む。
強い力で
「痛」
「夢じゃ無いみたいだ。……メッチャ寒いし」
「夢でないなら、なんだ?」
「……」
ユウキは暫く黙り、
「タイムスリップじゃないか?」
とんでもない事を言い出した。
「まさか」
「じゃあなんで、雪積もってんの?……8月に?」
答えられない。
分からない。
夢では無いが
タイムスリップって、
それは無いだろ。
「カズ、こんな感じに、雪が積もっていたんだよ。最後に、ここに来た、あの日も」
「ホントに?」
「始業式の日だった気がする。カワイのとこで、昼ご飯食べようって、ユミが言い出した」
「あ……」
ちょっと思い出してきた。
「ユミは寝そべって、マンガを読んでた。僕とユウキは、ゲームしてたんだ」
昨日のことのように
「俺たち2人はモンスター倒すのに必死だった」
ユミが(お年玉もらったから金あるだろ)と、
カワイを、遠くのスーパーまで行かせた。
弁当を買ってこいと。
で?
カワイは弁当を買ってきたのか?
「そこから先、どうなった? 俺は思い出せない」
ユウキは立ち止まり、僕の顔を覗き込む。
「僕も……わからない」
2人とも、
同じところで記憶が途絶えている。
「カズ、何かあったんじゃないか。記憶から消してしまいたくなるような……悪い事が」
ユウキは、アパートに近づいていく。
「悪い事って、やっぱりカワイの妹が死んだ、とか言うの?」
「うん。あの子は、この後、死んでしまったのかも」
ユウキはアパートを指さす。
2階の廊下を。
錆びた鉄のフェンス越しに
小さな女の子が行ったり来たり。
きゅっ
きゅっ
きゅっ
靴が鳴っている
「カズ、俺たちは、あの日に、いるんだよ」
最後にカワイの家へ行った日。
最後にカワイを見た日。
雪が積もった始業式の午後
ユミがカワイを買い物に行かせた後……。
あの日、あの時に。
きゅっ
きゅっ
あの音が聞こえる。
ずっと呼び続けていたのか。
なんか忘れてないか
お前達の罪をわすれてないか
きゅっ
きゅっ
あの子は
廊下の端まで行って、今階段を降りた。
階段の下まで降りたら
今度は階段を上る。
時々、両手に息を吹きかけている。
寒いのだ。
薄っぺらいトレーナーと
デニムのジャンバースカート。
靴下は履いていない。
「ずっと、ああしてたんだ」
ユウキは膝を付いた。
立っていられないという風に。
「うん。僕らが家の中で遊んでる間、ずっと」
凍えるような寒い日に
そして焼け付くような暑い日にも。
自分達3人は
ここに入り浸っていた。
邪魔だから、外へ行けと
ユミはあの子を追い出した。
まだ幼稚園にも行ってない。
口答えの言葉も知らない。
アパートの遠くへは行けない
小さなカワイの妹。
「ユウキ、あの子、座り込んじゃったよ」
階段の一番下。
膝を抱くようにうずくまっている
駆け寄り、声を掛ける。
「眠ったら、死んじゃうよ」
冷え切った肩に触れる。
ぴくりともしない。
顔を上げてもくれない。
「な、家の中に入ろう」
聞こえているのかいないのか
反応はない。
「このまま眠って、死んでしまったのかなあ」
ユウキは泣きそうな声。
「俺たちを、恨んでるんだよ。やっぱりそうだよ。ユミのいう通りだった」
ユウキは泣きだした。
子供のように。
……僕も死ぬのか?
強い不安に襲われる
心臓を握られたように、ギュッと胸が痛む
頭が痛い。ちょっと息苦しい。
あの子は、自分が死んだと知らせたかったのか?
だから僕たちを、ココに呼んだのか。
タイムスリップさせたのか。
あ、………違う、かも。
「ユウキ、なんで、タイムしリップしたか、考えてみたら、過去を変えろって、ことじゃないの?」
それしかない。
突然、そんな感じがしてきた。
「……ゲームじゃ、そうだけど」
「同じだよ。きっと」
「今なら、この子を、助けられるって、ことか」
「その為に、僕らは呼ばれたんだ……あの音は、過去からのSOSだったんだよ」
「でもさあ……カズ。……俺たちの声が、聞こえていないみたいだけど」
すぐ側でしゃがんでいるのに
こっちの気配を感じていない様子、だった。
「ユウキ、中に入ろう」
「家にか?」
「この子を中に入れろって、僕たちに、言うんだ」
階段を駆け上がった。
チャイムを押す
反応が無い。
ノックしても、
開けろと叫んでも、返事は無い。
ドアのノブは回らない。
「カズ、鍵がかかってる。一体、誰が鍵なんか」
「おもいっきり引っ張れば、開くかも」
せえの
何度目かで手応えがあった。
バキンと音をたててドアは全開。
げぼっつ……うう。
苦しい
冷たい風が、ひゅうっと。
背中を撫でる。
僕は……。
……目を閉じている。
………俯せで横たわっている。
…………?
ドアが開いた衝撃で、倒れたのか?
う、うう。
側で誰かのうなり声。
そいつは僕の腕を掴んでいる。
目をあけようとすると
頭に殴られたような衝撃。
それでも、あたりを見ずにいられない。
ゆっくりと目を開ける。
開いたドアが見える。
ハラハラと細かい雪が、玄関に入って来る。
ここは……カワイの家だ。
「へ、へんな臭いがする」
耳の側でユウキの声。
「おい、ガス……臭いんだけど……」
ユウキは、頭を持ち上げ、辺りを眺めている
(どうした?)
聞きたいのに声が出ない。
ユウキはゆっくり這い始めた。
ガスストーブへ手をかけた。
ガスストーブが止まっている。
シューと妙な音。
玄関の横、台所の床に、赤いホースがへんな風にうねってる。
あれは……ストーブの?
「あ、うあ、ホースが抜けてる」
ユウキは壁に手をかけ立ち上がった。
そして台所のほうへ。
今、
ガスの元栓を閉めている。
そこで力尽き、倒れてしまった。
「ユ、ウ、キ、」
何とか声が出た。
でもユウキは答えない。
ユウキの側に行きたいのに
足は動かせない。
肘だけで前進を試みる。
開いたドアの向こうに、逃げるのだ。
冷たい風が、入って来る方に、逃げるのだ。
だけどもう、動けない。
目をあけていることも出来ない。
残っている力で
叫んだ。
「助けてー。助けてエー。だれかアー。アアーー」
もう息が出来ない。
真っ暗。
全ての感覚が消えていく。
真っ暗闇、音の無い世界に落ちるのか。
「カズ、カズ、目を覚まして頂戴」
母さんの声
閉じた瞼に光を感じる。
ゆっくり目を開けてみる。
「かあさん?」
伸ばした自分の手は……子供の手だ。
ここはどこ?
あ、頭が痛い。
「カズ、目が覚めたんだね? やっと。ああ良かった」
なんで泣いてるんだ?
「安静にしとくんだよ。大丈夫だって、先生、言ってたからね」
母さんの手が頬を撫でる。
あたりを眺め、
ここは病室と分かった。
えーと?
何がどうなってるの?
ショッピングモールのフードコートで
ユウキに会ったんだっけ。
……12年ぶりに。
ユウキは、ユミの葬式の帰りだった。
カワイの話になって
カワイの家に向かったら……タイムスリップしたんだ。
カワイの妹を助けるために……タイムスリップしたんだ。
あの、続きか?
まだ、過去に留まってるの?
小学6年の冬に。
小学6年の自分と一体化したのだろうか
「カズ、目が覚めたか?」
誰かが、入って来た。
おすうもうさんみたいな太っちょ。
ユウキ、だった。
なんで、
黒いブレザーに黒いズボン
なんだ?
「あのさ、ユミの葬式の帰り、なんだ」
え……ユミが死んだのか。
「病気?」
「……ガス中毒」
「……事故?」
ユウキは、
首を横に何度か振って
ぶるっと、震える。
そして顔を近づけてきて
「わかんないんだ」
と。
「へ?」
「自殺か、事故か、わかんないんだ」
「……」
気味の悪い話。
あんま、聞きたくない。
あのユミが死んだって、驚いたけど
悲しくは無いし、可哀想だとも思わない。
あれ?
同じ話を、前にもユウキとしたような……。
「……ユウキ、どうなったんだ?」
タイムスリップして、それから?
カワイの妹はどうなった?
僕たちは、子供時代から、戻れなくなったのか?
「アンタは、ガス中毒で、死にかけたんだよ。カワイ君の家で」
母さんが、言う。
「ガストーブのホースが外れたんだ。3日前だよ。アンタはずっと眠ってた」
ガスストーブ?
ストーブの赤いホースが外れているのをみたような……。
「もう少しで、カズも俺も、死んでた。カズが助けを呼んでくれた。おかげで、助かったんだ」
ユウキは、一言ずつ、ゆっくりと、話してくれる。
確かに、助けを呼んだ覚えはある。
えーと、あれは、
カワイの家のドアを……。
ユウキと引っ張って開けた、後の事だ。
家の中には、12年前の、僕とユウキとユミが居た。
あの時3人はガス中毒で死にかけていた?
これで、合ってるのか?
ざっくり考えてみても
やっぱり、ここが12年前の世界なのは間違い無い。
「ユミちゃんは手遅れだったの」
母はハンカチを目に当てる。
「可哀想だけどね、こう言ったらなんだけど、ユミちゃんだけでまだ良かったんだよ。カワイ君も妹のマナちゃんも丁度外に出ていて無事だった。……まだ、良かったのよ」
母は、カワイさんに申し訳ないと言った。
毎日のように、3人で家に押しかけていたと、知らなかった。
妹を外に追い出していたと、知らなかった、と。
母さんの声が、頭の奥まで響く。
もう、ここがリアルな世界なんだ。
順風万風だった、ここから12年先までの人生が
木っ端微塵に消えていく。
もう一度12才からやり直すことになったらしい。
やれやれ。
でも大丈夫。2回目だから1回目よりイージーに決まってる。
このあとK大附属中学を受験して……。
あれ?
頭の中に受験シーンが浮かばない。
それどころかK大附属中学の記憶が浮かばない。
どこにあるの?
どうやって行った?
分からない。
忘れたのか?
生々しく思い出せるのは、あの音だけ
きゅっ
きゅっ
カワイの妹が、廊下を歩く音だった。
僕たちを過去に呼び戻す音だった。
僕らは、あの子を助けるためにタイムスリップした。
確かそんな流れで、ユウキとドアを……。
開けたトタンに、過去の自分と一体化、したのかと思った。
でも、違ってた。
僕は12年しか、生きていないんだ。
その先は、長い夢だったらしい。
理想の未来を、夢にみたんだ。
ガスを吸って変になった頭で。
なあんだ。
タイムスリップなんて、
ないよな。
「カズ、生きてたらいいから。勉強なんて出来なくていいから。運動も出来なくていいから。小さくていいから。偉くならなくていいから」
母さんはとても優しい。
「眠りから覚めたと、先生に言ってくるね」
母さんは病室から出て行った。
「カズ、喋れるか?」
ユウキが側に来る。
間近で見る顔は、丸っこい。
ぷくんとした頬、ほっそい目。
夢に出てきたユウキは
マッチョで大きな目
あんな風に、なるわけない。
やっぱ夢だな。
「う、うん」
「カズ、あのさあ。ガスストーブの、ホースを外したのはユミだって、刑事さんに言ったよ」
「……そうなの?」
なんで、ユミはそんな恐ろしいコト、したんだろ。
事故か、自殺と、さっきユウキが言ってたけど。
「カワイが出て行った後で、ユミが台所で、何かしていた。俺とカズはゲームしてた。刑事に聞かれたら、カズも、そう言えよ」
「え?」
なんか違う気がする。
今は、はっきり思い出せる。
外は寒くて、雪が降っているのに
ユミは、カワイに、弁当を買ってこいと言った。
近くのコンビニではなく、遠くのスーパで買ってこいと。
カワイは、すぐには行かなかった。
冷蔵庫を開けていた。
台所あたりで、ゴソゴソ、なにかしていた。
ユミは壁際で寝転んでマンガを読み始めた。
「ユミは台所に行ってないよ」
ユウキの記憶違いを訂正する。
すると
ユウキに腕を掴まれた。
「ユミが、わざとか、間違ってか、台所の元栓からストーブのホースを外したんだ」
「え?……だから、ユミじゃ無いって」
言って、気が付く。
じゃあ、誰が?
僕とユウキは、テレビの前でコントローラー握りっぱなし。
トイレにも行かなかった。
「カズ、鍵が掛かっていた事も、刑事には絶対言うな。ややこしくなるから。ドアは勝手に開いたんだ。オンボロだから、勝手に開いたんだ」
「うん。そう、言うけど……」
なんでユウキは鍵の事、知ってるの?
あれは、僕の夢の中の話。
一緒にドアを開けたのは
夢の中のユウキ、のはず。
「カズ、カワイは俺たち3人を殺そうとした。でも、カワイがした事は、無かったことにしよう。俺たちは、カワイとカワイの妹に酷いこと、してたんだ。これでチャラにしてもらおう」
「え?……カワイが?……本当に?……僕ら3人を殺そうとしたのか?」
なんでユウキが言い切れる?
「カワイは出て行くときに、ホースを抜いて、逃げられないように鍵を閉めたんだ。俺たち3人を消すために」
ホースを抜いて、鍵を掛けられたのは、カワイしかいない。
「そっか……」
「カズ、俺たちは、カワイの妹のおかげで、命が助かった。あの音が、あっちの世界から、呼び戻してくれた」
あの音、と言った。
このユウキは
やっぱり、あのユウキだった。
あれは僕の夢ではなかったのか?
あっちの世界、ってユウキは言ったけど。
僕ら3人は
狭い部屋で、重なり合うように倒れていた。
それぞれの夢も重なり合ったのだろうか。
わからないけど、あの音が助けてくれたのには違いない。
死ななくて、良かったんだ。
母さんは、ちょっとは優しくなるかもしれないし、
ユミが死んだけど、困ることは何も無い。
むしろ、……いいことかも。
「ユウキ、終わったってトコトだよね?」
「そうだよカズ、俺たちは、クリアしたんだよ」
ユウキはファイティングポーズ。
ゲームのエンディングを見てるような顔。
(ヨシ。ヤッタ。クリア)
夢の中
橋の上ですれ違ったカワイも
こんな風に、笑っていたっけ。




