第9話 高校入学、不登校、中退あるいは不滅の黄金(8)
かつて何度も遊びにきた海を眺めていた。
家族や友人たちと泳ぎにきたり、釣りをしたり、ただ歩いたりした浜辺。
夕暮れの赤色は薄れていき、目の前すら見えなくなるほど暗くなっていく。
私は果物ナイフを見つめていた。
ぎゅっと柄を握りしめて、刃の先端を喉に近づけていく。
触れた。
ちくりとした痛み。
もっと力を込めれば、刃を体の中に押し込めば、全てから逃げられる。
自分の人生に未来があるなんて全く信じられなかった。
学校に行けず、他人と上手に関われず、どうやって生きていけばいいのか分からなかった。
働いている自分も想像できなかった。
できる事もなく、やりたい事もなかった。
家族は私を持て余していた。
消えてしまいたかった。
どこか遠くへと、私を知るものが誰もいない場所へと。
月が昇る。
星が瞬く。
黒い海面は絶えず揺れる。
音を響かせている。
町の光が辺りを照らす。
海の向こうには船の光が浮かんでいる。
秋の冷たい風が吹いている。
死ねなかった。
そんなの最初から分かっていた。
死にたい逃げたい消えたいと思いながらも、本当の本当は死にたくないと思っている自分がいる事を。
自殺なんて大仕事は自分にはできない。
学校に通う事すらできないお前なんかには。
ただ、親と先生たちを交えた話し合いから、逃げたかっただけなのだ。
甘えと怠け。
自己嫌悪と自己愛。
涙すら流れない。
流れるはずもない。
自分の立場を真剣に考えていないのだから。
どうせ何とかなると思っている自分をこそ私は殺してしまいたかった。
しかし私は結局ナイフを鞄に仕舞うと、立ち上がって自転車に跨り、走り出した。
どこへ行こうか。
制服姿で、金もなく、家に帰る事もできない。
ふらふらと走っていると昔から通っている古本屋を見つけて、客に混ざって本を読んでいた。
しばらく経って名前を呼ばれた。
肩を叩かれた。
振り返った。
先生が立っていた。
「よかった…」と先生は言った。




