第3話 高校入学、不登校、中退あるいは不滅の黄金(2)
たまに部活にも参加したが苦痛でしかなかった。
もともと運動がそれほど好きではないのだ。
スイミングに通い、バレーボールやソフトテニスを少しはやっていたとはいえ、高校の活動は段違いで激しかった。
ついていけない、と思った。
夜、旧国道を自転車で漕ぎながら、カゴに詰まったカバンやユニフォームの重さにふらつきながら、やめたい、とそれだけを思っていた。
言い出せなかった。
怖くて。
何が怖いのか。
怒られる事が?
誰が怒るのか。
部活には在籍しなければならないという学校の規則か?
分からない。
先輩達に何か言われるとでも?
分からない。
本当に分からなかった。
ただ恐ろしかった。
学校は私にとって恐怖と苦痛の空間でしかなかった。
そしていよいよ家に引きこもる時間の方が長くなった。
カーテンを閉めた暗い自室でパソコンでネット掲示板を覗くか、あるいは本を読んでいた。
ジャック・ケッチャム「隣の家の少女」がネットで賞賛されているので買ったり、秋山瑞人「鉄コミュニケーション」を中古で買って読んでいた。
どちらも楽しく読んだ。
中学の頃にヘヴィメタルに興味を抱き、CDを買ったりし始めたので、家に籠りながらもレンタルなどで聴いていた。
ネットのメタルコミュニティで見かけたバンドと名盤を漁った。
ハロウィン、スレイヤー、ブラインドガーディアン、インフレイムス、ドリームシアター、ソナタアークティカ、ラプソディーオブファイア、アングラ、ナイトウィッシュ、色んな素晴らしいバンドをこの頃に知った。
今でも聴いている。
10代の思い出の音楽は一生聴くという。
そうであってほしい。
好きなものへの興味が褪せていく瞬間はとても悲しいから。
小学生の頃に国語の教科書で星新一の「おみやげ」を読んだ。
おみやげが消えるシーンが妙に心に残った。
しばらくして家の納戸で星新一を見つけた。
母親が伯父から貰った本だという。
「ようこそ地球さん」の「処刑」と「殉教」を読んだ時、今まで味わった事のないふわりとした充実感があった。
以降、私は読書に惹かれるようになった。
学校にたまに行く日はこっそり校舎の隅っこやトイレで読んだ。
上遠野浩平「ブギーポップ・リターンズ」はトイレに差し込む午後の光のおかげで文字を追う事が出来た。
中村恵里加「ダブルブリッド」を特に好んで新刊を待ち望んでいた。
あの時、星新一を見つけることができたのは、私の人生の数少ない幸運の一つだろう。
母親が怒りのあまり私の部屋に押しかけて包丁を向けてきた事があった。
私への苛立ちと怒りのあまり。
私は椅子に座って包丁の先端を見つめていた。
母親は私に先生に電話して学校に行くと言えと言った。
私はそうした。
母親と包丁への恐ろしさはなかった。
刺せない事が分かっていたから。
絶対に刺せない。
どんなに大きな声を出そうと、怖い顔を作ろうとも。
「今、包丁を向けられています」と私は言った。
先生は「大丈夫?」と言った。
冗談だと思ったのだろう。
「大丈夫です」電話を切った。
私は学校への登校を再開した。
しかしすぐにまた引きこもるようになった。
この程度で登校拒否が改善されるのなら、包丁はもっと売れているだろう。




