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第16話 工場、発破、点滴はやりすぎ

 週末を挟んで月曜日になって本格的に勤務が始まった。

 毎朝自転車を漕いで20分かけて工場に行き、この工場の主要業務である検査を学んでいった。

 色んな製品があり、製品ごとに検査すべきポイントが異なり、ロットを管理する表があり、

 製品を梱包する段ボールがあり、それらを運び、積み上げ、ハイエースに押し込んでいった。

 挨拶があり、会話があり、人間関係があった。

 私は物覚えが悪く、よく注意された。

 掃除を命じられて掃除機を手に作業場を隅々まで清めていった。

 生まれて初めての残業を経験し、夜も遅くなったころに帰宅した。

 シャワーを浴びてご飯を食べたらもう他に何もする気が起こらず布団に横になった。

 労働者になって分かったのは労働に辛さとその果てのなさだった。

 この生活がいつまで続くんだろうと考えた。

 2週間も経たないうちに私はもう無理だなと思った。

 そして私は社長に発破をかけられた。

 

 慣れない環境と脆弱な精神が合わさって早速疲弊していた。

 私はある朝、休みたいという連絡を入れた。

 病気や怪我ではなく、ただ休みたかったのだ。

 しかし携帯電話の向こうから聞こえた社長の声は厳しく、私は来いと言われた。

 「あの…」

 「いいから」

 断れず鬱々としながら私は自転車を漕いでいた。

 最短ルートはまだ開拓できておらず、市内の中央に聳える城を横目にペダルを踏む。

 風が頬を撫でる。

 生きるのが辛い。

 私は人が当たり前にできていることがまともにできない。

 人と仲良くしゃべる事も、不快にさせない間の取り方も、内心を感じさせない表情の作り方も、相手の言葉をよく聞き理解する事も、内容にあった受け答えをする事も、冗談に冗談で答える事も、場に広がった笑いに同調する事も、仕事を覚える事も、社会人としての振る舞いも、何も上手くできない。

 今思いついたこれらもできないし、思いつかなかった何かももちろんできない。

 自分の何がいけないのかも分からない。

 見た目か、恰好か、喋り方か、髪型か、体臭か、視線の位置か、相手との距離か、笑顔か、それとも無表情である事か、言葉の選び方か、声の調子か、全てか、私を構成するすべての要素が他人を不愉快にさせているのか。

 怯えか。

 私がいつどこにいても常に怯えているのが周りにはちゃんと伝わってしまっているのか。

 私はあなたを怖がっています。

 あなたから攻撃されそうで、奪われそうで、警戒しています。

 そんな目で見られたら誰だって嫌な気分になるだろうか。

 入社2週間にして既に私は自分で自分の言葉に追い詰められていた。


 会社に着くと社長に遅れてすみませんと謝った。

 「ごめんね、でも発破かけたから」

 というような事を言われた。

 仮病かサボりかと判断して私の休みたいという連絡を退けたのだろう。

 「はい、すみません…」

 着替えて作業場に行くとパートの皆さんが笑いをこらえてこちらを見ているのが分かった。

 私が休もうとして失敗したのを知っているのだ。

 そりゃ笑うだろうなぁと私もおかしくなった。 

 以降、私は恥ずかしながら寝坊して遅刻する事は何回かあったが、欠勤とは無縁になった。

 体調が優れない時もあったが、また発破をかけられたら嫌だなと思うと連絡できずそのまま出勤した。

 ある日、どうしても無理そうだと判断すると社長に相談した。

 社長は工場の近くにある診療所に私を連れて行った。

 私はそこで点滴を打たれてしばらく横になった。

 そしてまた工場に戻ると業務に戻った。

 今思えばさすがにやりすぎというか、ないだろう、という気がしないでもない。

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