第14話 眩暈、春、地元を離れる(3)
私が住んでいる街には夏になると大きな祭りがある。
騎馬武者が行列を作って市内を横断し、大きな祭場地で騎馬戦を繰り広げる。
その為の練習か何かなのか、早朝、散歩をしていると馬の蹄がアスファルトを叩く音が聞こえてくる。
朝の霧の向こうから馬が歩いてきて乗り手の人が前方に視線を向けている。
幼い頃からの見慣れた風景で、特に深く考えた事もなかったが、他ではあまり見られないものだろう。
道路のあちこちに落ちている馬糞も…。
引っ越しの日が近づいて、私は家から歩いて五分程にある祭場地に向かった。
広い原っぱには誰もいない。
原っぱを突っ切るとちょっとした丘のようになっていて、そこは祭りになると観覧客で賑わう。
街を一望できる。
物心ついた頃からずっといる。
自分はここで生きて、たまにこんな田舎でてやると愚痴をこぼして、結局ここで死んでいくとばかり思っていたが…。
私は丘をくだると原っぱを突っ切り家に帰った。
それから仕事で使うかもしれないという理由で原付免許を取る事になり、教習所に行った。
不思議なのは教官が「原付に乗ったことある人いますか?」と言ったら何人かが手を挙げた事だった。
無免許で乗っていたということだろうか。
教習所内で原付に乗り、それからテストを受けて、合格した。
後日また教習所に行く機会があって、そこで中学の頃の同級生に遭遇した。
そういえば昔の知り合いや友人に全然会わないなと気づいた。
同じ街に住んでいるはずなのに同じ学校に通うという共通の目的がなくなり、連絡もとらなくなり、生活パターンが変化するとここまで顔を見なくなるのか。
椅子に並んで座って軽く近況を話した。
「俺は東海に行くことになった」と言うと同級生は「そうか」と言った。
驚きはするが、そこまで反応する事でもないだろう。
高校進学を機に色んな人間が色んな進路に向かって走り去った。
学校を辞めた事を伝えるとこれにも「そうか」と言った。
中退もまた珍しい事でも何でもないのだった。
この同級生ともここで別れて以来一切の連絡はない。
今何をしているのだろうか。
きっと向こうもそう思っているだろう。
あるいは何も思わないだろうか。
かつては他の友人たちと一緒に毎週火曜日にレンタルビデオを借りに本屋に行き、映画を物色し、彼の家に行って音楽とお喋りに興じたのだが。
教習所は祭場地のすぐ隣にありその前には旧国道が走っている。
ここをずっと走っていくと田畑と山道があり更に進んでいくと隣町に着く。
1年前の私はこの旧国道を自転車で走って商業高校に向かっていた。
中退しなければ今も走っていただろう。
現実感というものが全くなかった。
自分が何をしているのか何をしたいのかさっぱり分からなくて頭がくらくらしそうだった。
引っ越しの日の朝、準備を終えていた私はパソコンの電源を落とした。
某ネット掲示板の某スレッドに入り浸っていたが住民達に別れを告げた。
東海での仕事を紹介してくれた男性が自動車で荷物ごと私を運んでくれるという。
この男性の親族が、私が東海で会ったあの社長なのだという。
早朝のまだ薄暗い時間、大きな自動車に自転車や段ボールやパソコンを詰め込んでいった。
母も一緒についてくる事になり、共に乗り込んだ。
自動車が走り出した。
まずは山に向かい、阿武隈を越えて二本松で高速に乗って南下していくのだろう。
見知った風景が流れていく。
ずっと昔に遊んだ友人の家が見えて一瞬で消えた。
好きでも嫌いでもない、ただ自分がずっと暮らしてきたというだけの田舎の街。
かつての友人や知り合いも今やお互いに連絡もなく他人になった。
しかし思い出はたくさんある。
なら、それでいいのかもしれない。
窓を開けて冷たい春の風を胸いっぱいに吸い込もうかと思ったがやめておいた。
もう二度と、ここに戻ってくることはないだろう。
私は長旅に備えて目をつむった。




