第12話 眩暈、春、地元を離れる(1)
高校中退した直後に父親に連れられてハローワークに行きその場で床屋の面接が決まり就職はしたが結局3日で辞めてしまった。
それからしばらくの間、家に引き籠ってネット掲示板に入り浸るか本を読むか音楽を聴いていた。
半年ほど前に借りてCD-Rに焼いていたキングクリムゾンの「クリムゾンキングの宮殿」をなんとなく聴き直したところ21世紀のスキッツォイドマンの間奏で大いに興奮した。
その時は理解できずとも後になって良さが分かる音楽、というものがあると知った。
反対に何年経っても良さが理解できない音楽がある事も。
寒さが強まりつつある12月のある晩、暗い部屋でパソコンに向かっていた。
足元には電気ストーブがあった。
いきなり眩暈のようなものが私を襲った。
手足が冷たくなり(少なくともそう感じた)座っていられず電気ストーブに両手と頭をのせてじっとしていた。
そのままでいると回復し身体を起こした。
今の眩暈と寒気は一体?と首を捻っていまたパソコンに向き直りその日はそれで終わったが、しばらくすると自分に違和感を抱くようになった。
文章を読むのが遅くなったり、どこか自分の体の中から自分という人間を操作しているようなおかしな感覚がつきまとうようになった。
当時の私はこれを「知性が一段下がった」と表現していた。
学校というストレスを離れた事で自分という人間を維持・向上させていた箍のようなものから解放されて、結果能力が低下した。
あの眩暈は低下した瞬間の身体の合図だったのではないかと。
今思うと奇妙な理屈だが脳は負荷を与えるとその負荷に抵抗すべく働く可塑性の高い器官である。
引きこもれば負荷は少なくなりその負荷の少ない状況に慣れてしまう。
とすればあながち外れでもないし実際に文章を読む速度は年々下がっているのが現状だし、あの眩暈は本当に…とたまに思うのだった。
年が明けて春が近づくと母が働いてみないかと言った。
知り合いの親戚が東海地方で工場を経営していてそこに就職してみないかと。
私はさすがにこの引きこもりの生活も気まずくなってきてたので半分嫌々ながらも承諾した。
休んだ事で心身が健康を取り戻していたのもあった。
まずは面接をしようという事になり、春のある日、私は新幹線に乗って東海地方へと向かった。




