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思想保安官

古書店で「桃太郎」の不正所持のタレコミを受けた思想管理官の堺祐介は、店主の抵抗を受けながらも、証拠物品である「桃太郎」のコピー本を発見する。

祐介は、結果を思想保安署へ報告する。


●拘束描写、流血、軽いですが脳手術描写があるため閲覧注意

祐介は、通信機を耳に押し当て、淡々と報告する。


「被疑者確保。抵抗あり、過呼吸による失神。首の星印確認、前科(マエ)あり。拘束班至急。」


数分後、黒の出動服に身を包んだ班員たちが店舗に雪崩れ込んできた。


手慣れた様子で店主の両腕をねじり上げ、磁気手錠がカチリと嵌まる音が響く。


失神した店主の体が引きずられ、床に擦れる。


店主の口から泡が溢れ、頬を伝って滴る。


先ほどの平手打ちで口の中を切ったのか、薄く血が混じっている。


班員のうち、若手の一人がしゃがみ込んで乱暴に店主のシャツの襟首を捲る。


そこに浮かぶ星印は、以前の矯正で焼かれたもの。


周囲の皮膚はまだケロイド状に盛り上がり、触れればまだ疼くはずだ。


「あーあ、可哀そうに、前科(マエ)ありで今回『桃太郎』じゃあ、このおっさんも終わりっすね」


若手が半笑いでそう呟くと、無駄口を叩くな、と班長の丸岡が彼の頭を小突く。


丸岡は、祐介と同期入庁の40歳。


ウチに来る前は、警察官で警備畑だったらしく、


筋骨隆々と言わないまでもガッチリしている。


階級は、祐介より1つ上の「統括思想保安官」。


普通の役所で言う、課長のポストに当たる。


仲は別に悪くないが、そこまで親しくしている訳でもない。


店主を移送車に連行し、部下たちも乗り込んだのを確認したのち、祐介に一瞥をくれると、じゃあな、とだけ言って現場を去っていった。


誰もいなくなった店舗から外に出ると、街のデジタル時計は10時24分を指していた。


電子タバコを咥え、水蒸気を吐く。


埃っぽい店内の空気が、まだ肺に残っている。


◆◇◆◇

祐介が思想管理官になったのは、7年前の4月、34歳の時である。


人工肉を取り扱う商社に勤めていたが、会社の業績は振るわず、給料の遅配が続いていた。


当時結婚したばかりの彼は生活に困窮し、転職活動を行うも、かねてからの不景気の影響を受けて企業の求人志向は乏しかった。


苦しい状況が続く中、面接帰りの電車の中で見つけたのが、思想保安官募集のポスターであった。


政府は、思想管理庁の出先機関である思想保安署を全国各地に新設しており、その人員を募集していたのだ。


決して人から好かれる仕事でないことは承知しながらも、零細企業勤めの祐介にとって、公務員の待遇と給与はあまりにも魅力的であった。


祐介は、思想保安署の採用試験を受験することに決めた。


筆記試験は、一般教養レベルで特筆すべき点はなかった。


その後の面接試験では、思想保安署の幹部が面接官となっていた。


「最近読んだ本で、印象に残ったものはなんですか。」


 政府指導者の書かれた自著伝に深く感銘を受けました。


「今、目の前に「赤ずきん」の絵本を持った子供がいます。どう対応しますか。」


 善良な市民の義務として即没収・通報し、その子供には適切な矯正教育を施します。


ここまでの質問は想定通りだ。


回答内容についても、問題はないだろう。


その次、面接官から投げかけられた最後の質問が、未だに祐介の脳裏に焼き付いている。


「もし家族が、『有害図書』を読んでいた場合、どうしますか。」


浮かんだのは、先月結婚したばかりの妻、恵那の顔だった。


自分の胸に嫌な靄が広がるのを自認しつつも、声が震えないように整え、努めて冷静に、こう答えた。


 速やかな自首を促し、聞き入れない場合には、最寄りの思想保安署に即座に通報します。


面接での問答がどのような評価だったかは分からないが、結果、祐介は合格した。


思想管理官に採用されると、3か月間、首都圏にある思想保安大学校において研修を受け、必要な知識・技能を習得し、その後に全国各地の思想管理署に配属となる。


研修のカリキュラムを問題なくこなし、最後の1週間は現場の見学実習のプログラムだった。


思想保安署の現場におけるOJTや、思想犯の分析を行うAIの実地研修を受け、締めくくりとして案内されたのが矯正施設である。


首都圏にあるそれは、全国でも最大規模で3,000人程度の収容が可能とのことだった。


矯正官から暴力交じりで()()を受ける収容者たちを尻目に、通されたのは病院のような施設。


リノリウムの床で舗装された道を歩いていると、係員が現れ、衛生服の着用を指示される。


ふと、目の前の部屋の表示板を見ると、「第二処置室」と記載がある。


嫌な予感が脳裏を掠めると、同期の職員たちとともにその部屋に通される。


目に入ったのは、拘束台に手足を固定された人間。


髪はすべて剃り上げられており、瞬時に性別の判別は難しかったが、体格や顔つきから、女性であることが分かる。40代前半といったところだろうか。


その首には、矯正施設で教育を受けた証である星の刻印が確認できる。


彼女の剃り上げられた頭頂部には、ペンのようなもので赤い印がつけられている。


医務官の男が無感情に説明する。


「前頭葉と海馬を中心に焼灼。除去範囲は有害記憶に限定。」


女性が目に涙を溜めながら懇願する。


「…お願い…最後にもう一度だけ…シンデレラを…読ませて…」


その言葉を無視し、医務官が機械のボタンを押すと、装置が作動する。


ジジッ、という高周波音。


女性の頭皮が焦げ、煙が立ち上る。


絶叫が部屋に響き、その体が弓なりに反る。


電極が深く刺さるたび、記憶が、一つずつ、蒸発していくような、錯覚。


女性の瞳から光が消え、口がぽかんと開いたまま固まる。


「措置完了。残存人格は社会適合型に再構築。」


係員が拘束具を外し、女性を処置室からどこかへ運んでいく。


言いようもない吐き気を押し殺していると、周りの同期も口元を押さえたり蹲ったりしている。


後から聞いたところによると、あの女性は幼少の頃に母に読み聞かせてもらった「シンデレラ」の物語を愛しており、絵本の単純所持で矯正施設に入れられたのち、闇マーケットでシンデレラの絵本を購入しているところを現行犯で摘発されたのだという。

◆◇◆◇


署に戻る車を運転しながら、また、嫌な記憶を思い出した。


祐介の首には、星の刻印はない。


まだ、ない。

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