スローライフを満喫する 2
◇◇◇
「まったく変わった御方だな、アリシア様は」
報告書の件について話しながら廊下を歩いていると、ふと足を止めたユリスが窓の外を眺めていた。「そう思わないか、リヒト」と問われ、ユリスの視線を辿れば、裏庭の一角でジルベールとともに畑仕事をしている聖女様の姿が目に入る。
首元にはタオルを巻き、日差しが強いこんな日中に土を耕す様を見れば、確かに「変わった御方」と言うしかあるまい。年頃のご令嬢にはあるまじき行動だ。俺が「行くぞ」と声を掛けると、ユリスは何も言わずに隣に並んで廊下を歩いていく。
「料理と掃除の次は、裏庭で野菜を育て始めるとは……本当に年頃の令嬢か?」
「ふふ、辛辣だなリヒトは。この間、買ってほしいものがあると言われたから、どんな宝石やドレスをねだられるのかと思ったら、作業着がいいだなんて言うんだよ。さすがに、私も笑ってしまったよ」
その時のことを思い出したのか、クスクスと口元を拳で抑えながら微笑むユリスにため息が零れる。自分が仕えることになる聖女様は、もっと神々しい御方だと想像していたが、俺の当ては随分と外れてしまったらしい。
『誇り高き聖女様を命の限りお守りする……それがお前の使命だ、リヒト』
幼い頃、俺は父にそう言われ育てられてきた。
聖女を守る守護騎士は代々俺たち四家から輩出され、その役目を受け継いできた。聖女が現れたと神託が告げられる時期は、いつになるか分からない。一生、聖女に仕えることなく生を終えた先祖の方が多いだろう。だからこそ、実際に自分が聖女に仕えることになったと聞いたときは胸が躍ったものだったが。
「……まったく期待外れだ」
小さく呟いた俺の言葉は、ユリスには聞こえていないようだった。
『《《お前はお前のやり方で》》聖女様を篭絡するんだぞ』
ハルシュタインの一族を背負って守護騎士に任命された俺に、そんなふざけたことを抜かしてきた教会の人間がいた。
俺自身を軽んじる言葉に、腹が立たなかったわけではない。あくまで守護騎士は「聖女様」のために存在する駒のひとつ。俺たちは、課せられた役目を果たすためにいるのだから、仕方のないことだと受け入れた。
そう思うと守護騎士に命ぜられた自分の存在意義とは何だろう、という気持ちが湧いてくるのは当然のことだったかもしれない。思い描いていた守護騎士像とはかけ離れた仕事内容に、俺は多分失望しているのだと思う。
(お前はお前のやり方で、ね……)
求められている役目は何かを、俺はきちんと理解していた。
人とは権力を手に入れれば欲に溺れ、堕落していくものである。現にそういう欲深い大人を、俺はこれまでに散々目の当たりにしてきた。特に女は俺が甘い顔を見せ、耳障りのいい言葉を囁けば簡単に落ちるものだった。
「今日はナツメが不在だろう? 今夜は俺が、聖女様に就寝前のハーブティを持っていこう」
俺がそう言えば、ユリスは何か言いたげな表情を浮かべながらも、「よろしく頼んだ」と自分の執務室へと入っていった。




