今日から好きにします 2
それからルカが食器棚の奥から引っ張り出してくれたランチボックスにサンドイッチを詰め込んだ私は、搾りたてのフレッシュジュースを片手に、裏庭にある大きな木の下へと向かった。
少し日が昇ってきて気温もちょうど良く、時折頬を撫でる風が心地いい。辺り一面にはピンクやイエローの愛らしい花が咲いていて、ふわりと花の香りが鼻孔をかすめた。敷地内にこんな最高の立地があるんだから、もっと活用しないと、もったいないわ。
私は早速地面に腰を下ろし、優雅なモーニングタイムを始めようとたところ、「アリシア様」と名を呼ばれる。振り向けばルカが、こちらへやってくるところだった。
「それではドレスが汚れてしまいますから」
そう言ってルカは、赤と白のチェック柄のマットを地面に敷いてくれた。その隣ではナツメが手にしていたクッションを、木の幹に立てかけるように並べてくれている。
別に多少ドレスが汚れるくらい気にしないのに、と思いつつ、こうやって気遣ってくれたことは単純に嬉しかった。例えそれが、「聖女様のご機嫌取り」という彼らの任務であっても、だ。
「わざわざ、ありがとう」
「飲み物を置く小テーブルもご用意しましたから、どうぞお使いください」
ナツメはそう言ってテーブルを私の隣に置くと、仕事は終了と言わんばかりにルカと反対側に立ち、淡々とした調子で「では、ごゆっくり」と言い、手を後ろに組んで黙ってしまった。
「……」
(いや、「ごゆっくり」だなんて言われても、こんな状態の二人に監視されながらご飯を食べるとか、これまで食堂で食べていた時と変わらないじゃない……!)
とにかく、食べにくい。
そう思った私は、はあと小さくため息をついた。それから「ねえ」と、私に背を向けて周囲を見張っている二人に呼びかける。
「どうされましたか、アリシア様」
「何かご入用のものがございましたか」
そんな風に尋ねてくる二人に、私はぽんぽんと自分の隣を叩いた。
「貴方たちも一緒にどう?」
私がそう尋ねれば、「僕たちも、ですか……?」と、ルカに驚かれる。それはナツメも同じだったようで、ルカと同様に目を丸くして驚いていた。
「嫌かしら?」
「い、嫌というわけではありませんが……。我々はあくまで、アリシア様に仕える身ですので」
二人はそんなことを言いながら、気まずそうに互いに顔を見合わせている。
「……見られながら自分だけが食べているのも恥ずかしいし、一人よりも誰かと一緒に食べる方が美味しいと思うんだけど」
そこまで言ってもなかなか、行動しあぐねている2人に私は「わかったわ」と、ため息をついた。昨日の今日で、急に態度を変えろというのも無理があるか。そう思っていると――。
ぐう。
と、どこからともなくお腹が鳴る音が聞こえてきた。その場に気まずい沈黙が流れ、私がちらと後ろを見れば、お腹を押さえるナツメと目が合った。いつも無表情で感情が分かりづらいけれど、きっと恥ずかしかったに違いない。
「ナツメ、一緒に食べる?」
私は再び誘ってみたけれど、「いいえ、大丈夫ですのでお構いなく」などと言ってポーカーフェイスを装っている。別にご飯を一緒に食べるくらい、いいのにと思いつつ、私は「そう?」と言いながらサンドイッチに向き直った。
ぐう。
すると、またもや聞こえてきた音に「ナツメ!」と、すかさずルカからのツッコミが入った。「すみません、ちょっと黙らせますので」と言って真顔でお腹を押さえるナツメを見て、さすがに今度は私も笑いを堪えることができなかった。
「ふふ、いいわよ。ほら、ひとつあげるから食べましょう?」
そう言ってかわいくラッピングしたサンドイッチをナツメに差し出す。「はい、ルカもどうぞ」と続ければ、二人ともどうしたものかと少し困っているようだった。
「わかったわ、じゃあこうしましょう。私が作ったサンドイッチを食べなさい、これは命令よ」
「命令……」
「そう。こう言えば、貴方たちに拒否権はないはずよ」
なんて悪役みたいな顔をして彼らに、にこりと笑いかける。我ながら強引だと思いつつ、お腹を空かせた侍女をそのままにしておくわけにはいかない。彼らも他人の食事をずっと眺めているだけでは退屈だろう。
「で、ではお言葉に甘えて」
「ありがとうございます」
二人とも頑なに、マットの上には座ろうとはしなかったけれど、そこはまあ無理強いするのはやめておいた。それから緑に囲まれた木の下で、朝食を摂ることになった私たち。
「サンドイッチなんて久々に食べました」と、まじまじと中の具材を見るナツメ。「アリシア様、このフルーツサンドも美味しいです!」と、感想を述べてくれるルカ。
「いろいろな種類を用意しておいて良かったわ」
サンドイッチ作りを手伝ってくれたお礼のつもりで、もともと多めに作っておいて良かった。特に、守護騎士四人の中でも一番体が大きいルカは、かなり大食いらしく、次から次へとサンドイッチがなくなっていく。
そんな光景を見つめながら、私は小さく息を吐いた。ここへ来てからというもの、どこか気が張り詰めていた。
慣れない場所に一人きり。自分では平気だと思っていたけれど、まだ分からないことも多く、随分と気を張っていたのかもしれない。
だけど、青空の下でこうやって過ごし、外の空気を吸っていると、そんな不安が少しだけ和らいでいくような気がした。時折、吹く風が木々の葉をそよそよと揺らしている。そんな自然の音を聞いていると、不思議と心が安らいでいくようだった。
『その代わり私は、私の好きなようにさせてもらうから』
彼らにもそう宣言したわけだし、今日からは遠慮せずに、やりたいことをやってみよう。せっかく「義親子にこき使われる実家」という箱庭から出られたんだもの。この環境を、最大限活用しなくちゃ。
どうせ、この生活からすぐに逃げ出すことはできない。
厳重な警備が施されているし、周囲の地理にも詳しくないから脱出しようにも、すぐに捕まってしまうのが関の山だ。だったら、しばらくここで生活する中で、まず情報を集めることから始めよう。
ふと周りを見てみれば、そんな私の決意を励ますかのように、木の上で羽を休める鳥たちがかわいい声で鳴いていた。この日の朝は、そんな気持ちのいいスタートを切ることができたのだった。




