晴天の霹靂 3
ユリスさんの案内で屋敷内を散策すると、外から見るよりも中は想像以上にとても広かった。応接室に、食堂、大広間、書庫など部屋の数も多く、その広大さに圧倒される。一方で、堅牢な造りになっていて屋敷の外周には高い塀が建ち、警備の騎士も配置されているとのことだった。
途中で屋敷の使用人と思しき人たちと出会うたびに恭しく頭を下げられ、まだ「聖女」だという実感がない私は居心地の悪さが一層増す。
聖女なら神殿にでも連れていかれるのかと思ったけれど、国内外のさまざまな敵から身を守るため、聖女の存在はまだ公にはされず、当面は限られた者しか出入りできない、この屋敷で暮らすことになるのだという。
私の役目は、聖女が持つ結界魔法の能力を高める訓練に参加すること。それ以外は自由に過ごすことができるようで、何がしたいかを彼らに伝えれば、どんなことにも対応してくれるらしい。
「聖女ってだけで、そんな好待遇を受けられるんですか」
「我が国で、聖女様は稀有な存在です。特別な力をお持ちの御方ですから、手厚いもてなしを受けるのも当然でしょう」
「はあ」
何だかこうやって「聖女」だと言われても未だに何の実感もなく、まだまだ戸惑いの方が大きい。その思いは、この広いお屋敷に来てから一層強くなった気がする。
「それはそうと、アリシア様。私たちに敬称は不要です。あくまでも、私たちは貴女様に仕える守護騎士ですから。敬語で話していただく必要もありません」
「わ、分かったわ」
仰々しい態度はむず痒いのだけれど、彼らも仕事なので致し方ない。そうこうしている内に、私の自室になるらしい部屋にたどり着いた。屋敷の一番奥にある、ユリの花が描かれた豪奢な扉が目印だ。
「どうぞ中へ」
ユリスに扉を開けてもらい、部屋の中へと踏み入れる。そこには大きな天蓋付きベッドやドレッサー、細かな刺繍が施された長椅子、木製のローテーブルなどが配置されていた。室内は白と淡いブルーに統一されていて、清楚ながらもかわいらしさが感じられる空間である。
と、そこに両手を前で組み、姿勢正しく佇んでいる女の人がいた。
白と黒のメイド服姿を見るに、使用人の一人だろうか。肩より少し短いベビーブルーの髪に、深い青色の瞳。涼しげな目元で、クールビューティな印象を受ける。とても大人っぽいので、年齢は私よりも少し年上くらいかしら。
「初めまして、アリシア様。本日より貴女様の身の回りのお世話をさせていただきます、侍女のナツメと申します」
淡々とした声で、礼儀正しく一礼した彼女に、私も「初めまして、アリシアです」と返しておく。
「彼女はアリシア様の専属侍女ですので、着替えや入浴、髪のお手入れなどは主にナツメが担当することになります」
「あ、ありがとうございます」
男性ばかりかと不安な部分もあったので、女性が一人いるだけでも心強い。とはいえ、口数が少なそうな人で、うまくやっていけるか不安だけど……。
私は改めて部屋の中を見渡して、あちこちに視線を巡らせた。
窓際に立ちレースのカーテンを引くと、窓の外には庭の緑が広がっていて思わず口元が綻ぶ。どれも上質そうな一級品ばかりで、気後れしてしまいそうな空間だけれど、花や緑が身近にある環境は嬉しい。
「それにしても広い敷地と部屋ね……。屋敷の中で迷ってしまいそうだわ」
「しばらくは、侍女のナツメと行動するのがよろしいかと。あと、何か追加でご入用のものがあれば、何なりとお申しつけください。奥のドレスルームには流行のドレスや服飾品をご用意していますので、お好みのものを着用なさって構いませんよ」
ユリスに言われてドレスルームとやらを覗いてみると、色鮮やかなドレスがずらりと並んでいて、またもや目が点になった。中央のショーケースには、宝石がついた指輪やネックレスなどがキラキラと輝いていて眩しいばかりである。
(こんな高価なものが側にあったら泥棒が入ってこないかって、気になって落ち着かないわ……!)
本当に夢みたいな待遇だと思うものの、私の不安は解消されるどころか、ますます募っていく一方だった。やっぱり詐欺路線が濃厚ね、などと顎に手を当てブツブツと呟いている私を、ユリスとナツメは首を傾げて見つめていた。
(ちゃんと警戒心を持っていなきゃダメね……!)
そう思って、用意された手厚いもてなしに疑念を向けていた私。
ところが、屋敷に来て数日後。その警戒は、すっかり解かれてしまうこととなった。ここでの暮らしは、まさに極楽と呼べる至極の時間だったのだ。
「アリシア様、お食事の準備が整いました」
「何これ、めちゃくちゃ美味しいんですけど!」
夕食には腕によりをかけたフルコースのディナーが振る舞われ……
「本日は薔薇風呂をご用意させていただきました」
「花の香りがすごい! 贅沢!」
湯浴みの時間になると、薔薇の花をふんだんに使った浴室に案内され……
「お体のむくみを取るためのマッサージをさせていただきます」
「さ、最高……お肌つやつや……」
風呂上りにはフェイシャルエステや全身マッサージで体を解されるなど、何から何まで贅沢なひとときを過ごすこととなった。
それが何日も続いたものだから、私の肌はすっかり綺麗になった一方で、身の回りのことを全てやってもらう生活を送ったせいか、少しだけ腰回りに贅肉がついてしまう事態へ発展したのだった。
それから1週間後。
「退屈だわ……」
今日も、お風呂をゆっくり楽しんだ後、寝る前に部屋で読書をしようと思っていたのだけれど、その手を止め、私は長椅子にだらりと腰かけながら項垂れていた。1週間の極楽生活も、続けば飽きがくるというものだ。
「ダメね、こんな怠惰な生活……」
今の状態に慣れてしまっては、自分ひとりで何もできなくなりそうだ。
特に、私の守護騎士を任されている4人は、「アリシア様のお手を煩わせるわけには」と決まり文句のように言い、何から何まで世話をしてくれる。まるで、《《そうすることが目的かのように》》。
(何だか違和感があるのよね、この屋敷もあの守護騎士たちも……)
広いお屋敷にも関わらず、私の身の回りのお世話をする人間は彼ら4人と侍女のナツメ、数人の使用人しかいないようだし、警護の観点からしばらくは外出もしないように言われている。
今のところ、聖女らしいことも一切にしていないので、ただただ贅沢三昧を満喫している成金令嬢のようでしかない。
(やっぱり聖女っていうのは嘘だったんじゃ……)
という疑念が再び出てくるのは無理はなかった。
「でも、だとすれば、どうして私はここへ連れて来られたのかしら……」
怪しい実験の被検体になるのか、それとも今から人身売買で見知らぬ土地に売り飛ばされたりするんだろうか。
そんなことを、うんうんと頭を抱えて悩んでみるも、考えてばかりでは埒が明かないことに気づく。私は長椅子から立ち上がると、「よし!」と堕落した自分に喝を入れるように両頬を叩いて気合を入れた。
「こうなったら、やることは一つだわ」
そう決意した私は、目的を果たすべく重厚感のある部屋の扉をゆっくり開けて部屋を出た。




