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竜帝グランディナス 3

 大神官様との話を終え、馬車に乗った私は着替えを済ませ、そのまま別の場所へと向かうこととなった。


「聖女様、どうぞ前に」


 そう言われ、私は橋の前に立つ。欄干の向こうには、どこまでも青い海が広がっていた。手には聖女を象徴する花と呼ばれるユリの花束を持って、白いドレスとユリの花が装飾された冠を身に纏い、まるでバージンロードを歩く花嫁のような恰好で、いま私はここに立っている。竜帝グランディナスに捧げる、生贄として――。


「空に浮かぶ太陽がちょうど真正面の位置に見える頃、竜帝グランディナスが海の向こうからやってきます。貴女様は、ただそこに跪き、祈りを捧げていてください。そうすれば、神のお導きがあるでしょう」


 「神のお導き」……その言葉を聞いて、私は両手をギュッと握りしめた。それ即ち「死」を意味するとは、さすがに教会の人間も口にできなかったのだろう。


 けれど今、私の心は不思議と落ち着き、凪いでいた。不安も恐怖もなく、爽やかな風が胸を通りすぎていくような、すっきりとした気持ちでいる。それは、きっと彼ら守護騎士の存在があったからだろう。


『役目を果たせなかった守護騎士に、与えられるのは死のみ』


 その話を聞いた時、正直心はついていかなかった。どうして私が生贄に、という気持ちもあった。私は、最初から生贄として死ぬために生まれてきたのかと、運命を呪ったこともある。


 けれど、私はその運命から逃げ出さず、今ここに立っている。


 顔も名前も知らない誰かを助けたいだなんて、崇高な思考は持ち合わせていない。でも、共に楽しい日々を過ごした彼らのことは救いたいと思ったから。


 母を亡くし、父にも先立たれ、ひとりぼっちになってしまったと思っていた私に、彼らはたくさんの思い出をくれた。


 青空の下で食べたサンドイッチ。お忍びで街へでかけてした買い物。手間暇かけて一緒に育てた畑。誕生日を祝ってくれたサプライズパーティ。


 振り返れば、彼らと笑った輝かしく、愛おしい日々が蘇る。


 最初は距離のあった彼らと、たった数か月いただけで、私にはこんなにもたくさんの思い出ができた。その思い出を抱きしめて、逝く。


『アリシア様、シチューがこんなに美味しく作れましたよ』


 明るい笑顔で、いつも優しく私に接してくれていたルカ。


『畑のトマトが花を実らせたぞ、アリシア』


 ぶっきらぼうで不器用な性格だけど、いつも私がやることに文句を言わず付き合ってくれたジルベール。


『怖い時は、怖いと言っていいんだぞ』


 厳しいところもあるけれど、兄のように包み込むような温かさでいつも私を守ってくれていたリヒト。


『アリシア様、どんなことがあろうとも、これから先生涯、貴女のことは私が守ります』


 そして、忠誠心厚く、いつも側にいてくれたユリス。


 きっと彼らがいなかったら、私はこんなにも自分を好きになることはできなかった。辛い定めを受け入れることなど、できなかった。


「大神官様、竜帝グランディナスが来ました!」


 その声に目を開けて、前を見る。すると、そこには大きな巨体のドラゴンが両翼を羽ばたかせ、近づいてくるところだった。空を翔るその姿に思わず見惚れてしまったのは、海と空の青を背に舞う竜がとても美しかったから。


(これが、伝説の竜帝グランディナス……)


 周りの人々が後方へと下がり、橋の上に私ひとりだけが取り残される。私は橋の先端で跪き、花束を手にしたまま両手を組んで祈りを捧げた。脳裏には、守護騎士たちの顔が過る。その時だった――。


「アリシア様‼」


 背後から聞こえた声に、胸がどきりと音を立てた。振り返れば、ユリスとリヒト、ルカ、ジルベールの四人の姿。こちらへ駆け寄ろうとしているところを、周りにいる神殿の人間に抑えつけられているところだった。


「みんな!」

「こら、近寄るな! 儀式の最中だぞ!」

「離せ、彼女を生贄にするなんて俺たちは聞いてない!」


 ユリスのその言葉を聞いた瞬間、私は目を大きく見開いた。


「アリシア様、どうか話を!」

「貴女一人で行かせたりはしません!」

「僕たちも側にいます!」


 そんな必死の形相の彼らに、私はどこかほっとした。生贄になることは、彼らも知らなかった。ずっと怖くて聞くことができなかったけれど、その答えが「否」だと分かり胸を撫で下ろす。彼らと過ごした日々は嘘なんかじゃなく、本物だったと分かったから、心残りはもうないと思うことができた。


「みんな、私は大丈夫だから!」


 だったら最後は、とびきりの笑顔でお別れしたい。


「今まで本当にありがとう!」


 そう言って笑顔で手を振った直後、背後に感じたドラゴンの気配を最後に、私の記憶はぷつりと途切れ、視界が暗く暗転した。

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