竜帝グランディナス 2
そうして迎えた儀式の当日、朝から気合のこもったナツメに身支度を整えられた私は、部屋の鏡の前に立っていた。
「アリシア様、とっても素敵ですよ」
鏡越しにナツメにそう褒められて、私は「ありがとう」と、にこりと微笑んだ。彼女が一生懸命選んでくれたドレスは、淡いブルーと白のグラデーションになっていて、ビーズな細かな刺繍が散りばめられている。
どこか屋敷の雰囲気とも似ているデザインは、ここでの暮らしがすっかり好きになった私らしいドレスだと思った。
「ねえ、ナツメ」
私はくるりと後ろを振り向くと、ナツメに小さな小箱を差し出した。赤い色のリボンでラッピングされている、細長い箱である。
「これ、は……」
「いつも身の回りのお世話をしてくれているナツメへ、私からのささやかなお礼の品よ。皇都にお忍びで買い物に行った時、お土産を買ってあげられなかったから。この前、ドレスを選びに皇都へ行ったときに、ひっそり買っておいたの」
「開けてもいいでしょうか……?」
「ええ、ぜひ」
そう言ってリボンを解き、ゆっくりと箱を開けたナツメ。中には、彼女の瞳と同じ深い青色をした涙の形をした宝石が埋め込まれたペンダントトップに、銀色のチェーンが連なったネックレスが入っている。
「かわいい……」
思わず漏れた素直な感想に、私はふと口元を緩めて「でしょう?」と微笑みかけた。
「これはナツメに絶対似合うわと思って選んだの」
「ありがとうございます、ずっと大切にします」
そんなに気に入ってくれるとは思っていなかったから嬉しい。今からのことを考え、たまらず私はギュッとアリシアの体を抱きしめた。
「……本当に、ありがとうね」
「どうしたんですか、そんな改まって……」
儀式の内容を詳しく知らないナツメにとっては、何のことやらと思うかもしれない。けれど、もしかしたら私がここへ来るのは、もうないのかもしれない、という不安がある以上、できることはしておきたかった。
「じゃあ、行ってくるわね」
今度は明るい笑顔を見せて、そう言えば、ナツメは両手を手の前で組み頭を下げると「いってらっしゃいませ、アリシア様」と、いつものように見送ってくれた。
部屋を出ると、扉の向こうに控えていたルカに「お時間になりました」と言われ、私は玄関へと向かった。これから皇都で行われる、「鎮魂の儀」に参加するために――。
◇◇◇
皇都に到着すると街のあちこちに国の特産である花が装飾が施され、辺りは一帯が華やかに彩られていた。今日は年に一度の建国記念日ということもあり、お祝いムード一色。道行く人々も多く賑やかで、通りに並ぶ店は活気に溢れている。
商店が並ぶ、そんな大通りを横目に通り過ぎた私の乗る馬車が皇都の神殿にたどり着いた。白と金色に輝く大きな建物は、外から見るだけでも神々しいオーラを放っている。
「お待ちしておりました、聖女様」
中に入ると、私を出迎えたのは教会の遣いラルフだった。脂ぎった顔に、ぼてっとした体と、相も変わらずの男である。ラルフは胡散臭い笑みを浮かべたまま「どうぞ、大神官様がお待ちです」と私を案内してくれた。後ろには守護騎士四人が後に続き、神殿内の長い廊下を歩いていく。
高い天井を見上げると、窓から陽の光が差し込んでいる。荘厳な雰囲気が漂う空気に、自然と背筋も伸びた。
「ここから先は、聖女様のみご入室なされませ」
身長の何倍も背の高い扉の前でラルフがそう言うと、守護騎士四人はその場で跪き、「いってらっしゃいませ」と見送られる。この先はラルフも入ることができないようで、彼も扉の側から動こうとしなかった。
ゆっくりと開いた扉。その向こうは、ステンドグラスに囲まれた教会だった。私が中に足を踏み入れれば、ばたりと背後の扉が閉まる。私は再び前を向き、教会の中央に佇む人をじっと見据えた。
「貴方が、大神官様ですか」
私の問いかけに、ゆっくりと振り返ったのは白の祭服を身に纏った男。雪のように白の長い髪をした、神聖なオーラを放つ人だった。
「いかにも。私がこのラグナス皇国の大神官です。初めまして、アリシア・ブラッドリー。お会いできて光栄です」
切れ長の流麗な瞳をまっすぐ向け、大神官様がこちらに近づいてくる。歩くたびに、しゃらしゃらと音を立てる耳飾り。ステンドグラスに反射した光を背にした様は神々しく、私は静かに頭を下げた。
「やはり貴女は、神託通りの聖女で間違いないようですね。膨大な魔力量が、盲目の神官である私にはよく見えます」
そう言って差し出してきた大神官様の手を取って、私は両手で包み込むと「ありがとうございます」と、優しげな声が返ってくる。私は、そんな彼を見て「大神官様」と呼びかけた。
「本日行われる『鎮魂の儀式』について、お伺いしたいことがございます」
すると、大神官様は「生贄のこと、についてでしょうか」と尋ねてきた。この人は人の思い悩んでいることも分かるのだろうか。私が「はい」と返すと視線を落とし、握りしめた私の手を見つめた。
「儀式で、私が竜帝グランディナスの生贄に捧げられる、という話は本当なのでしょうか」
「……ええ、事実です。今日、長い眠りに就いていた竜帝が目を覚まし、皇国を訪れるとの神託がありました。竜帝が所望するのは、この国の聖女。つまり、アリシア・ブラッドリー……貴女だということです」
その言葉を聞いた瞬間、私は「ああ、やっぱりそうだったのか」と項垂れた。
「ほかに手立てはないのですか……?」
「残念ながら。……貴女には、この皇国とここに住む全ての国民のために死んでもらわねばなりません」
大神官様のその言葉に、私は思わず「ふざけないでよ」と言ってしまった。
「貴方たちは最初から、私を生贄にするために、あの屋敷に囲ったの? だからあんな好待遇で出迎えて、逃げないように謀ったの?」
詰め寄り文句を重ねれば、大神官様は「それが唯一の道なのです」と答えた。
「ここで貴女が役目を放棄すれば、竜帝の怒りを買い、この国はどうなるのか分かりません。仮にここから逃げ出すことができたとしても、聖女の守護騎士たちは任務失敗の烙印を押されることになる。役目を果たせなかった彼らに、与えられるのは死のみ。……どちらを選ぶにせよ、貴女にとって辛い選択を迫られることになるでしょう」
その言葉を聞いて、私はギュッと両手を握りしめた。どこかで希望を持っていたけれど、それは無残に砕かれた。だとしたら、私がやるべきことは、ただ一つ。覚悟を決めて、すべてを受け入れるしかない。
「……わかりました」
私はそう言って大神官様に、自分の意志を伝えることにした。そして「鎮魂の儀式」には、守護騎士四名の立ち合いを禁じてほしいと願い出た――。




