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鎮魂の儀 1

「ご無沙汰しております、聖女様。ここでの暮らしは、いかがですか?」


 ルナハイドの丘にある屋敷に住み始めて、三ケ月ほどが経った頃。能力特訓を行いながらも穏やかな日々を送っていた私の元に、いつぞやの教会からの使者がやってきた。名前は、ラルフというらしい。


 以前と変わらず脂ぎった顔には、胡散臭い笑顔が浮かんでいる。白い服と膨張色を身に纏っているからか、ふくよかな体型にさらに拍車がかかったように見えた。私は応接室のソファに腰掛け、ナツメが淹れてくれた紅茶を飲みながら「とても快適よ」と答える。


「屋敷の使用人たちも、働き者ばかりだし。何不自由のない生活を送らせてくれているわ」

「それは何よりでございます。聖女様の快適な日々をお守りすることもまた、我々の使命。そのようなお言葉が聞けて、私も安心いたしました。先日、皇都の街での出来事をお伺いしておりましたものですから、お体はいかがだろうかと心配しておったもので」


 まったく心のこもっていない上辺だけの笑顔と言葉を、私は心の中でため息をつきながら眺めていた。私の後ろに並ぶ守護騎士4人にちらと視線を向ければ、彼らは表情ひとつ崩さずに、後ろで手を組み、凛と佇んでいる。


 一応、というわけではないけれど、このルナハイドの丘が「聖女を囲うために用意された場所」ということは知らないことにしている。守護騎士である彼らや、その他の使用人たちは、その役目を果たすための人員だ。


 本来の目的がバレたとなれば、彼らに罰が下るかもしれない。それは私の望むところではない、と思うくらいには屋敷の人々とも仲を深めてきたつもりである。


「して本日は、来月末に予定されております皇国建国記念日の『鎮魂の儀』につきまして、聖女様にぜひご臨席賜りたく、お願いに参上いたしました」

「鎮魂の儀……?」


 初めて聞く行事名に、私は首を傾げた。建国記念日は毎年開催されていたけれど、「鎮魂の儀」は去年も行われていなかったように思う。すると、ラルフが儀式について詳しく説明してくれた。


「『鎮魂の儀』とは、ラグナス皇国に厄災をもたらしたと伝えられている竜帝グランディナスの御霊を鎮める儀式にございます。今年は前回の『鎮魂の儀』より百年という節目の年となっています。聖女様には、その儀式で竜帝の御霊を鎮めるための祈りを捧げていただきます」


 「御霊を鎮めるための祈り」って……。ただ両手を組んで祈るだけでいいのかしら。儀式の内容については、また日が近づいたら改めて教えてくれるとのことだった。帰り支度を始めるラルフに、これで話は以上かと思ったけれど、帰る間際に私の横を通る時、ラルフは思い出したかのように「それはそうと」と、にたりと笑う。


「4人の守護騎士の働きぶりは、いかがです?……どれも美男子揃いでしょう? 聖女様のお気に召す者はいましたかな」


 小声でそう耳打ちしてきたラルフに、私の頬がぴくりとなった。


「ご要望とあらば、他にもさまざまなタイプの男をご用意することも可能ですよ。何しろ、貴女様は《《特別な聖女様》》。男たちを侍らして好きにしようとも、誰も文句は言いません。いわば、彼らは『守護騎士』という名の奴隷のようなものですから」


 ニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、そんな下品な提案をしてきたラルフに、私の怒りが頂点に達した。背後に立つ守護騎士たちが「まずい」と感じているだろうことを肌で感じたけれど、私は気づかない振りをして、目の前の男に向き直った。


「ラルフ・リンデル」


 にっこりと爽やかな笑顔を浮かべ、愚か者の名前を呼ぶ。賛辞を送ってもらえると思っているのか、ラルフは両手を組み、もみもみとしながら「はい、何でしょう」とゴマすりをしてきた。初対面から胡散臭い男だとは思っていたが、今日はそこに「最低のクズ男」という評価も追加されることとなった。


「さっさと帰りなさい、バカが移るわ」


 にこりと微笑みを浮かべながら、そう言い放つとラルフは「バ、バカとは……?!」と、体をふるふると震わせている。


「ここにいる守護騎士4人は、騎士らしく誇りと尊厳をもって役目をきちんと果たしてくれているわ。そんな彼らを『奴隷』だなんて侮辱する貴方の発言は、全くもって不愉快よ」

「アリシア様……」


 このまま何の波風も立てず、にこにこと笑って黙ってラルフを見送ることもできた。少し我慢すれば、それでいいとやり過ごすこともできた。だけど、私のために尽くしてくれている彼らを、「守護騎士」になるまでのそれぞれの想いを知っているから、見て見ぬフリをすることなんてできなかった。


「そ、それは大変失礼いたしました……っ!」


 こんな小娘に偉そうな口を利かれて、さぞ腹が立っているだろうけれど、慌てて謝罪の意を述べるラルフを見て、それほどまでに「聖女の機嫌取り」は重要なのだと改めて感じる。


「リヒト、ユリス、客人のお見送りを」

「承知しました、アリシア様」


 そうしてラルフが部屋を出て行き、扉が閉まるのを確認すると、私ははあと大きなため息をついてソファにどさっと腰を下ろした。


「疲れた~…‥」

「お疲れ様です、アリシア様」


 私がだらしなくそんな声を上げると、ナツメが新しいティーカップを用意して紅茶を注いでくれた。


「『鎮魂の儀』かぁ……。ここ最近、畑仕事ばかりしていたから忘れていたけど、私ってこの国の聖女なのよね」

「ええ、そうです。なのでもう少し自覚を持って、それっぽい仕事に励んでください」

「それっぽい仕事って? 祈祷とか?」


 私の言葉に側にいたルカはクスクスと笑っている。


「まだ正式に発表されていないので、公の場に出る機会がありませんが、今後は国が主催する様々な行事にも出席することになると思いますよ?」

「そうなの? せっかく、ここで自由気ままな生活を謳歌してるのに……」


 聖女が持つ特別な結界魔法を使えるようになってから、少しずつ周りに変化が表れてきているような気がする。「鎮魂の儀」への出席がまさにそうだ。今回は前回の「鎮魂の儀」から百年という節目の年と言っていたけれど、そんな国のビッグイベントに私が呼ばれることになるとは、数か月前の私は思いもしなかった。


「そうと決まれば、皇都へ行くドレスや装飾品の用意をしておきましょう。いつも私任せでいいと適当なことをおっしゃっていますが、今回はアリシア様が初めて聖女としての公務に参加なさる晴れの日です」


 ナツメにしては何やら気合いが入っているようで、両手の拳をぐっと握りしめながら、ぐいと顔を近づけられる。それから「私が世界で一番綺麗なアリシア様にして差し上げますから」と宣言すると、私はそのまま自室のドレスルームに連行されることに。


「えらく気合が入っていたな……」

「当日はどんなお姿が見らるのか楽しみですね」


 部屋に残ったジルベールとルカは、そんな話をしていたようだけど、ナツメのコーディネートのマネキン状態になっていた私は知る由もなく。「早く終わらないかな」と、心の中で呟いたのだった。

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