晴天の霹靂 2
花の都と呼ばれる、ここラグナス皇国は、水と緑に恵まれた自然豊かな国である。皇都の中心部には大きな川が流れ、毎年春には花で装飾した船が登場する花祭りが有名。穏やかな気候で一年を通して過ごしやすく、隣国との関係も良好な平和な国だ。
そんな私たちの国には、古くから伝承されている「聖女伝説」がある。
百年から数百年に一度、長い眠りから目覚め、国に厄災をもたらす竜帝グランディナス。大きな翼で大空を翔るドラゴンは、ある時は口から火を噴き国中を火の海に、またある時は竜の翼で暴風を起こし、国全体を跡形もなく消し去るといわれ、人々から恐れられていた。
そんな厄災から人々を守ったのが、大聖女ルシファナ様だ。
慈愛に満ちた彼女の愛と、聖女の守護結界力をもってして厄災の元である竜帝を退け、この皇国は平和な時代を築き上げてきたという。
この国の子どもたちは、そんな「聖女伝説」を絵本や歌で読み聞かせられおり、「聖女」はこのラグナス皇国の人々にとって、希望と憧れの象徴でもあった。
(そんな聖女に、この私が……?)
今まで見たこともない豪奢な馬車に乗せられた私は、窓の外を眺めながら改めて今日の出来事を思い返していた。
いつかあのクズ親子の元から離れようと思っていた私にとって、思いがけず家から出ることができたのは幸いだった。けれど、だからといって、あの胡散臭そうな男の話を鵜呑みにできるほど能天気でもなかった。
「聖女」という特権階級だからといって、豪華なお屋敷暮らしに食べきれないほどの美食の数々、欲しいものは買い放題だなんて、そんな甘い話がある訳がない。教会からの遣いだというおじさんによると、神託によって選ばれたのが私だそうだけれど、本当かしら。
「新手の詐欺かもしれないわね……」
顎に手を当てながら私は馬車の中で、一人呟いた。
きっと何かあるに違いない。そう疑っている私は自宅から家を出る時のために貯めておいたお金や、身の回りの荷物も持ってきており、いざとなったら逃げる準備も万全だ。
「アリシア様、もうすぐ屋敷に到着いたします」
ほどなくして聞こえてきた御者の言葉に再び窓の外に視線を向けると、前方に小高い丘が見えてきた。青々とした木々に囲まれた、白亜の館。そこが、今日から私の住まいになるらしい。
「と、とんでもない豪邸ね……」
想像以上の建物に、期待と不安が入り混じる。窓から体を乗り出せば、心地良い風がふわりと頬を撫で、私の長い髪を弄ぶように過ぎていく。
これから私にどんな日々が待ち受けているのだろうと考えると、ほんの少しだけ不安のほうが大きくなった気がした。
◇◇◇
「アリシア様、お足元にお気をつけください」
御者の手を取り馬車を降りた私は改めて、目の前に佇む屋敷を見上げた。セルリアンブルーの屋根に、真っ白の外壁。エントランスの柱には細かな装飾が施されていて、玄関であろう扉は重厚感たっぷりな佇まいと、長い歴史を感じさせるものだった。
振り返れば、色とりどりの花が咲き乱れる庭園があり、噴水広場や薔薇に囲まれたガゼボも配されていて、とても綺麗。まるで、おとぎ話に出てくるような可愛らしいお屋敷である。
「では、早速中へご案内いたしましょう。《《彼ら》》が貴女様をお待ちです」
御者の言葉に「彼ら……?」と首を傾げていると、彼は涼しい顔を崩さぬまま「すぐに分かります」と言って、大きな扉をゆっくりと開く。すると、そこには──。
「「「「ようこそ、アリシア・ブラッドリー様」」」」
歓迎の言葉と共に出迎えてくれたのは、見目麗しい4人の男たちだった。皆、白に金色の肩章や飾緒が装飾された騎士らしい服装を身に纏っていて、胸元にはラグナス皇国の国花であるグロリオサの花をあしらったブローチを輝かせている。
「あ、あなたたちは……?」
突然、目がくらむような美男子たちが登場したことに戸惑っていると、肩よりも少し短い金髪姿の男の人が、穏やかな笑みを浮かべながら一歩前に出た。
「初めまして、アリシア様。我々は、今日からこの屋敷で貴女様の身の回りのお世話と護衛を任された守護騎士です。私の名前は、ユリス・クロフォードと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、胸に手を当て優雅に一礼したユリス……さんは、貴公子然とした上品さがある人だった。サラサラの金髪に、サファイアのような深いブルーの瞳。まるで物語に登場する王子様のような風貌で、どこか中性的な雰囲気が漂っている。
私が「よろしくお願いします」と挨拶をすれば、その後も彼らの自己紹介が続く。
「私の名は、リヒト・ハルシュタインと申します。この度、貴女様の守護騎士を務められることを光栄に思います」
次に挨拶をしてくれたリヒトさんは、胸ほどまである長い髪をハーフアップにした凛々しい騎士だった。切れ長の瞳は二重がはっきりとしている、美形中の美形。キリリと引き締められた横顔からは、大人の色気が醸し出されている。
「僕は、ルカ・ウィストリアと申します。困ったことがあれば、何なりとお申しつけください」
人懐っこい笑みを浮かべるルカさんは、4人の中で一番背が高く、爽やかな好青年といった雰囲気。ややウェーブがかったシルバーグレーの短髪に、深いヴァイオレット色の瞳は、まるで宝石のように澄んでいる。
「ジルベール・クレインだ」
最後に自己紹介してくれたジルベールさんは、黒の短髪にルビーのような赤い瞳。服の上からでも分かるほど鍛えられた体躯は、きっと日々の鍛錬の賜物なのだろう。射貫くような鋭い目に、睨みつけられたら怖いだろうな、とそんな感想を抱く。
見た目も雰囲気も異なる4人だけれど、共通しているのは美形揃いだということだ。キラキラとしたオーラを放っていて眩しく、いたって普通の造形をした私は後ずさりたくなった。とはいえ、第一印象は大事だと思い、姿勢を正して彼らに向き直る。
「初めまして、アリシア・ブラッドリーと申します。今日からよろしくお願いいたします」
ひとまず私も挨拶を返せば、ユリスさんとルカさんからは、ニコニコ笑顔が返ってきて、ほっと胸を撫で下ろす。リヒトさんと、ジルベールさんは表情を引き締めたまま、手を後ろに組んで微動だにしないけれど。まあ騎士って、こういうものかしら。
「では、早速ですが、私が屋敷内をご案内しましょう。アリシア様のお部屋も、ご用意しておりますので」
案内役を買って出てくれたユリスさんの後につき、「お願いします」と頭を下げた私。こうして私は、これから住むことになる広いお屋敷の探検に繰り出すことになったのだった。




