表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/39

クロフォード家 6

◇◇◇



『聖女様、こいつは《《バケモノ》》なんですよ』


 兄のセイランがアリシア様にそう告げた時、私は「ああ、もうダメだ」とそう思った。築き上げてきた足元が、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に、大きな喪失感を覚える。


 知られたくなかった自分の姿。消したい過去。


『ユリスは優しいわね、いつもありがとう』


 そう言って花が咲くように笑ったアリシア様。けれど、本当の私は優しくなんかない。血に(まみ)れた、醜悪な人間だ。


『ひぃ! 近寄るな、化物!』

『い、命だけは助けてくれ! 何でもするから!』


 ある日突然、力が暴走した私は、我を忘れて周囲にいた人間に危害を加えたことがある。どうして、そうなったのかは分からなかったけれど、自分の手から零れる鮮血を、今でもずっと覚えている。


 月に一度、力の暴走を止めるための「制御魔法の書き換え」と称して、クロフォード家の人間からの「躾け」が始まったのは、その頃からだった。


 こんな姿を、貴女だけには知られなくなかった。優しいままの自分でいたかった。


 力の制御ができず、体の自由が利かない。体中に痛みが走る中、胸が張り裂けそうに軋む。


 私は、ただ怖かった。


 貴女に、アリシア様にこんな自分を見られてしまうのが。


 きっともう、あのヒマワリのような笑みを、自分に向けられることはないだろう。そう思うと、ひどく胸が締め付けられる。


 それと同時に、よかったじゃないかと思う自分もいた。


 光のように眩しい彼女と、自分が立つ場所は本来は違うのだ。こんな薄暗い闇のような空間で、私はずっと過ごすべき存在。そんな現実を、突き付けられただけと思えばいい。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 だから、何としても力を抑えることに努めなければ。彼女や仲間を、この手で傷つけたくはない。そう思って鎖を強く握りしめ、自分の体を傷つけようとした瞬間――。


「ユリスッ!」


 アリシア様の声が、すぐ近くで聞こえてきた。顔を上げれば、私に向かって真っすぐに歩いてくる彼女の姿。私が放つ力のせいで、他の誰も近寄ることはできないというのに、アリシア様はそんな力も、諸ともせずに近づいてくる。


「アリシア、さま……離れて、くださ……っ!」


 そう私が頼んでも、彼女は歩みを止めなかった。



◇◇◇



 自分に近づく私を見て、ユリスはひどく怯えた目をしていた。ユリスから矢のような光が放たれて、私の頬を掠る。それを見たユリスは再び「アリシア様っ!」と悲壮な顔をして叫ぶ。たらりと血が頬を伝う感覚はあったけれど、不思議と痛みは感じなかった。


 周囲の音も聞こえなくなり、ただユリスの声と表情だけが鮮明に、まっすぐに私へ届く。彼からは強い力を感じるとともに、恐れの気持ちが伝わってくる。まるで、世界に一人ぼっちになったみたいに怯えている、小さな子どものような声が。


「お願いです、アリシア様……っ! もう私のことなど捨て置いて、離れてください……っ! このままだと貴女を傷つけてしまう……っ!」


 そう言って私を遠ざけようとする彼は、やっぱりいつもと変わらぬままで、心底優しい人なのだと思う。自分よりも他人ばかりを優先する貴方を、どうして私が放っておけるというのだろう。


「ユリス、大丈夫よ」


 そう言いながら、一歩ずつゆっくりとユリスに近づいて、私は彼の側に寄る。


「セイランからも聞いたでしょう?! 私は化物なんです! 私がいたら、アリシア様や仲間が不幸になる!」


 言葉の節々からユリスの苦悩が、痛いくらいに伝わってきて私まで苦しくなった。家族から「化物」だと罵られ、一族中から疎まれて、傷つけられた彼は、どこほど苦しんだのだろう。闇の中で生きるような日々で、何を希望に生きてきたのだろう。


 これまでの彼の生い立ちを想像すると、ただただ私は胸が痛んだ。


「ユリス」


 彼の目の前に立ち、私は再び彼を呼ぶ。それから「怖がらないで」と伝わるように、ユリスの体を優しく、ギュッと抱きしめた。


「貴方は化物なんかじゃない」


 その言葉に、ユリスの体が強張った。


「化物なんかじゃないわ」


 怯える彼に言い聞かせるように、私はもう一度、ユリスの耳元ではっきりとそう告げた。その瞬間、ユリスの肩が小さく震え出す。


「優しくて、仲間思いで頼りになる。料理や家事はからっきしでびっくりするくらい不器用だけど、そんな貴方も私は好き。……過去の貴方がどうであれ、私には関係ないわ。力を制御できない自分を恐れているのなら、聖女の私が貴方の力を止めてみせる。貴方が私を守ってくれるように、私も貴方たち守護騎士のことを守るから、安心してよね」


 私が口元を緩めてそう話せば、ユリスがそっと顔を上げ、私を見た。


「アリシア、様……」


 そんなことを言われるなんて想像していなかったのが、驚いた表情のユリスに思わずふと笑ってしまう。


「……さあ、早く帰りましょう? 貴方がいないと、他の守護騎士のみんなも寂しそうだから」


 そう言えば、また顔を俯かせるユリス。その肩はやっぱり震えていて、きっと彼はずっと堪えていたのだろうと思う。たった独り、いつか自分の側に誰もいなくなるんじゃないかと恐れながら。


「……いいんでしょうか、こんな私が貴女の側にいて」


 まだそんな弱音を吐いているユリスを見て、私はぐいと彼の顎を掴んで無理やり目を合わせさせる。そして、額にデコピンをして「こら」と怒る。


「ユリス、私は貴方に側にいてもらいたいの。……貴方じゃなきゃ嫌よ」


 すると、ユリスはそう言った私の手を取って、手の甲に自分の額を当て、ギュッと強く握りしめた。


「どうか、私を嫌わないでください……っ」


 祈りのような切実なその声に、私は「馬鹿ね」とユリスの体を抱きしめた。


「……貴方を嫌いになんて、なるわけないじゃない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ