力の発現 4
◇◇◇
『アリシア、あんたは世界一かわいいね』
見たこともない花畑の真ん中で、太陽のように笑う人がいた。お母さまだ。白いワンピースを着て麦わら帽子を被り、歯を見せて笑う。私のお母さまは、真夏のヒマワリのような人だった。
お母さまの前には、幼い姿の私が花に囲まれて座っていて「ああ、これは夢なのか」と、ぼんやりとそんなことを考える。夢にお母さまが出てくるのは、随分と久しぶりのことだった。
『えへへ、お母さまだいすき』
幼い私がそう言って抱き着けば、ギュッと強く握りしめてくれるお母さま。いつも元気で明るくて、細かいことが苦手で大ざっぱな私の性格は、お母さま譲りだとよく言われたものだ。「似た者親子」と周囲から言われていたことは、私にとって褒め言葉だった。
『ねえ、アリシア』
辺りに咲く白や青の花で花冠をつくりながら、お母さまは幼い私を呼ぶ。「なあに」と返す娘に、お母さまは優しげな眼差しを向けていた。色素の薄い長い髪をなびかせながら、小さな私に目線を合わせて、こう言った。
『これから先、あんたはきっと、たくさん泣くことになると思うわ。悔しくて泣くことも、誰かのために泣くこともあるかもしれない。人生には辛いことも、悲しいことも、誰にも訪れるものだから』
幼い私はきょとんと首を傾げ、そんなお母さまをじっと見ていた。花冠を編む手を止めずに、お母さまは「でもね」と言葉を続ける。そこで言葉を区切ると、そっと私の頬に触れた。それから陽だまりのような温かな笑みを向ける。
『これだけは忘れないで、あんたは一人なんかじゃないってことを』
優しく微笑んだお母さまは、幼い私の頭に花冠を乗せてそう言った。辺り一面に咲く青い花が、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。見たこともない景色なのに、どこか懐かしさを感じさせる場所。遠い記憶の中に眠るお母さまは、いつまで経っても変わらず美しかった。
ずっと会いたいと思っていたお母さまの夢を、どうして私は見たのだろうか。
その理由は分からなかったけれど、ひどく恋しく懐かしい面影に、私の心が温かくなっていく。
ああ、そうだ。
どんなに辛い時も、明るく元気でいられたのは、お母さまのそんな笑顔を覚えていたからだった。困難にぶつかっても、まっすぐひたむきに前を向いて諦めない。そんなお母さまの横顔を、私はずっと側で見ていたから。
だから、「できない」と思っていた結界魔法の特訓にも「やってみよう」と思えたのだ。
いつの間にか幼い頃の私は消えていて、私の目の前にお母さまがいる。差し出してくれた手を握りしめれば、お母さまはニコッと笑顔を向けた後、私の体をギュッと強く抱きしめてくれた。
『アリシア、お母さんはずっと……あんたのことを見守っているからね』
穏やかな声に、私はふと口元を緩めると「うん」と小さく頷いた。それから「ずっと見守っていて」と続けると、大好きな香りを纏う母の背中に自分の腕を回した。ヒマワリのように眩しく笑う、もうこの世にはいないお母さまを想って――。
◇◇◇
「ん……」
長い夢を見ていた気がする。眠りから覚めた私が、ゆっくりと目を開けると辺りは薄暗く、窓の外から差し込む月灯りが室内を照らしていた。ふと左手に温もりを感じて視線を辿れば、ベッドに突っ伏している金色の髪が見えた。
その手は私の手をギュッと握りしめていて、温もりの正体は彼の手だということを知る。どうやら眠っているようで、私が目覚めたことに気づいていないようだった。
「どうして、ユリスが……」
寝起きの頭はまだしっかりと働かず、ぼんやりとしていた。次第に、頭の中がすっきりしていって、「そういえば」と記憶が途切れる前のことを思い出す。
(私、皇都の街で結界魔法を使って……。それから急に立ち眩みがして倒れたんだっけ……?)
途端に流れ出すその時の景色に、私は次第に状況を理解した。ユリスたちは、倒れた私をここへ運んできてくれたのね……。あの時は頭も痛くて、体も随分と重たかったけれど、今はすっきりとしていた。
その時だった。視線を落とすと、私の手を握るユリスの手が目に入る。確かに感じる温もり。それと同時に、胸の奥も温かくなっていくような気がして、私の頬が自然と赤くなる。冷静に考えて、異性である彼が私の手を握ってくれていたことに対して、単純に恥ずかしさを覚えるようになったからだ。
「ん……アリ、シアさま?」
私が一人、慌てふためていると、ユリスが目を覚ましたようだった。いつものしゃっきとした姿とは違い、寝起きの掠れ声に胸がどきりと音を立てる。
(この手のこと、何て聞けばいいの……?!)
などと思っていると、ハッとしたユリスが「お体は大丈夫ですか?!」と詰め寄ってきた。
「だ、大丈夫よ、ありがとう……っ」
「本当ですか?! 医者はしっかりと休養を摂れば回復すると話していましたが、どこか体で痛むところなどは──」
「大丈夫だから、ちょっとその手を離してくれない?!」
寝起きのユリスは私の手を握りしめたままだということに気づかずに、ぐいぐいと迫ってくるものだから、さすがの私も堪えきれなくなり、顔を赤らめながら抗議した。




