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力の発現 3

◇◇◇



「急に力を使って、体力を消耗したのでしょう。ゆっくりと休養を摂り、無理はさせないように気をつけてください」


 アリシア様を診た聖女様付きの医者は、「ユリス、頼みましたよ」と私に念押しして部屋を出ていった。白髪交じりの初老の男で、ここルナハイドの丘にある屋敷に聖女がいると知っている、神殿から派遣された関係者の一人である。


 私たち、守護騎士四人とナツメはベッドの周りに立ち、お眠りになるアリシア様をじっと見つめた。倒れた直後は青白かった頬も、今は幾分血色が戻ってきているようだった。


「……やはり、この御方は聖女様なのですね」


 室内に沈黙が広がる中、ルカがぽつりと呟いた。その言葉に、皇都の街で彼女が展開した結界魔法を思い出す。アリシア様は倒れた看板の下にいた親子と、石橋の下にいた大勢の人間を助けてくださった。


「無詠唱で、あんな大規模な結界を展開できるなんて類を見ない力です。この屋敷で特訓をしていた時は、小さな結界すら生成できなかったのに……正直、私も驚きました」


 私がそう言えば、「俺もだ」と静かに続けたリヒト。


「本当に聖女なのかと疑いの眼差しすら向けていたというのに、まさかこれほどの力を持っていたとは」


 大神官様のお告げを疑う訳ではないが、聖女の証明は痣の印のみ。その実力を目の当たりにしたことはなかったため、疑問を持つのも無理はない。


 けれど今日、あの広大な結界魔法を目にした瞬間、私の体がぞくりと震えた。これこそ、聖女の力なのだと――。


 思えば、アリシア様は私たちが談話室で定例会議をしていたあの日、四人の誰にも気づかれることなく、部屋の中へと入ってきた。今回の無詠唱魔法のことを鑑みるに、アリシア様には無意識化で魔法を展開する力があるのかもしれない。だとしたら、あの時誰にも気づかれなかった理由に説明がつく。


「ですが、どうして特訓の時はできなかったことが、皇都の街ではできたんでしょうか? 特訓時には手のひらほどの小さな結界すら、展開することができなかったのに」


 確かにルカが指摘するように、アリシア様がなぜ聖女の力を発動できたのか。何か力を引き出すきっかけになることがあったのか、神殿が近いということが関係しているのかと、みなで思考を巡らせる。


「……思い、なんじゃないか」


 と、その時、ずっと黙り込んでいたジルベールがぽつり、そんなことを呟いた。


「思い……?」

「ああ、アリシアが無詠唱結界を展開した時、崩れ落ちそうな看板の下には大勢の人間がいた。もし仮に、あんな重厚な看板が通りに落下すれば、多くの怪我人が出ていたはずだ」


 ジルベールがそう言うと、ルカは「なるほど」と腕を組んだ。


「つまり、『誰かを助けたい』というアリシア様の強いお気持ちが、結界を展開させた引き金になった、と?」

「ここで特訓していた時は、そういった差し迫った危機がある状況じゃなかっただろ。違いがあるとすれば、そういうところなんじゃないか」

「確かに、ジルベールの意見は一理あるな」


 ジルベールの推論を聞いて、私の頭にふと過去に読んだ聖女伝説の記録が蘇る。この屋敷の書庫にある、古文書に書かれていたことだ。


「確か、聖女伝説の記録に『聖女が敵軍に囲まれ逃げ場を失った時、幼い子どもを抱きしめた瞬間に結界が展開し、人々を守った』という記述があったはず……。あれは、聖女の類まれなる力を示していたのではなく、『聖女が守ろうとする対象が明確になった時に力が発現する』ということを暗示していたのか……?」

「だとすれば、いくら特訓しても結界魔法が使えなかった理由につじつまが合う。この厳重に守られた場所では、聖女様に危機が迫るような事態が起こらないからな」


 リヒトの言葉に私は、再び眠るアリシア様に視線を向けた。倒れた直後の彼女は顔面蒼白で、随分と顔色が悪かった。息も荒く、汗までかいていて見るからに体力の消耗が激しいことは自明の理。私たちはアリシア様の存在が公にならぬよう周囲を誤魔化し、この屋敷に戻ってきた。


「……とはいえ、今の状況を鑑みるに力の発動の対価は大きい。むやみやたらに頻発すれば、アリシア様への負担も大きくなるだろう」

「これほどまでの力だ。我が国が他国に横取りされるのを避けたいと思うわけだな」


 ジルベールが呟いた言葉に、室内に沈黙が広がる。これまでは輪郭がぼやけていた「聖女」という存在。だが、私たちは今日、改めて「聖女」という稀有な存在の重みを実感した。


「ひとまず、しばらくは無理をさせないようにしましょう。ナツメ、もしアリシア様がお目覚めになって食事が摂れそうなら、ミルク粥でも作って差し上げてください」

「分かりました」


 アリシア様の自室には私が残ることになり、他の四人は持ち場へと戻っていった。窓の外には茜色の空が広がり、もうすぐ日が暮れる頃である。


(今日は皇都の街に目を輝かせ、楽しそうにはしゃいでいらっしゃったのに)


 ちらと鏡台に視線を向けると、台の上に置かれた花瓶に私が庭で摘んできたスズランの花が凛と佇んでいた。この花を受け取った時、アリシア様は花が咲くように口元を綻ばせて笑っていたことを思い出す。その側には、皇都で買ったヒマワリのブローチが置いてある。


「早く元気になってくださいね……」


 気づけば私は眠るアリシア様にそんなことを口走り、頬にかかる髪をかき分けてやっていた。けれど、主人はまだ目覚める気配はなく、私は側のイスに腰を掛け、彼女の横顔をじっと見つめていたのだった。

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