私って聖女ですよね? 2
その日から、私の日々の生活の中に「結界魔法の特訓」が加わった。早朝に起きて朝食を作り、掃除を終えた後のお昼前に、ユリスと共に特訓をする。彼は四人の中でも、一番結界魔法に精通している騎士だそうで、私につきっきりで教えてくれることになったのだ。
「今日はいかがでしたか?」だなんて、ニヤニヤと笑いながらリヒトが毎日聞いてくるものだから、変なスイッチが入った私は「絶対、あの男を見返してやる!」という気持ちで特訓に励んでいた。自主練をしたり、空き時間には書庫にこもって、結界魔法に関する本も読み漁ったほどである。
何より、今後自立した生活を送ることになった場合にも、この力は役立ちそうだ。私は一石二鳥だと思い、自分の能力について学ぶことにした。ところが、力が発現する兆候はまったくなく、初めて特訓以降、目に見えた成果は出せていなかった。
「集中していると、手のひらに熱のようなものが集まる感覚があるはずです。その熱を感じた瞬間に詠唱すれば、術が発動されます。こうやって結界を展開したい方向に向かって手をかざし、目線をそこに集中させることで自分が望んだ場所に結界を展開することもできますよ」
そう言って、ユリスは毎回丁寧に結界魔法の生成方法について説明してくれる。けれど、やはり何度チャレンジしてみても「シールド」と詠唱をした私の手から結界魔法が繰り出されることは一度もなかった。
今日も広場でユリスとマンツーマンの特訓をしているものの、結果は「言わずもがな」である。
「……もしかして、私が聖女だっていうのは嘘だったんじゃ」
「そんなはずはないと思います。大神官様のご神託は、これまで一度も外れたことがないとのことですから」
「でも、全然結界魔法が使えるようになる気がしないんだけど……」
私は近くにあった丸太に腰かけて、膝に頬杖をつく。このまま術を使えないままでは聖女としての私の立場も危うくなるだろう。
「ねえ、もしこのまま結界魔法が使えないままだと、私はこの屋敷から追い出されることになるのかしら?」
「……まあ、無きにしも非ず、ですが」
気まずそうに苦笑を浮かべたユリスに、私はがくりと項垂れた。せっかく居心地の悪い実家から出ることができたのに、このまま逆戻りになることだけは絶対に避けたい。となれば、必然的にこの特訓をがんばるしかなさそうだ。
(それか、あの家には戻らずに自立して一人暮らしを始めるかよね……)
もともと、いつかは家を出るためにコツコツ貯金をして準備はしていた。それが予定よりも少し早まったと思って、「ここに残るため特訓に励む」ことと、「ここを出るために自力で生活する方法を考える」ことの二本柱で考えるのが得策かもしれない。今の状況だと後者の線になるのが濃厚だけど……。
頭を抱えながら「う~ん」と、そんなことを計画立てていると、「アリシア様」とユリスが顔を覗き込んできた。何だろうと思っていると、にこりと微笑みかけられる。そして、目をぱちぱちさせながら首を傾げる私に、ユリスはこう提案してきた。
「少し、私と散歩にでかけませんか?」と――。
◇◇◇
「わぁ~、綺麗……!」
それから私はユリスに連れられて、敷地内にある湖のほとりへやってきた。湖を囲うように地面には色とりどりの小さな花が咲いていて、沈んでいた私の心が晴れやかになる。敷地内に、こんなに綺麗な場所があったとは。
「すごいわね、とっても素敵」
「花がお好きとお伺っておりましたので、アリシア様ならきっと気に入ってくださると思いました」
可憐な花が咲く花畑を歩きながら、深く息を吸う。
「空気が澄んでいて気持ちいい~……。改めて思ったけど、ここの敷地はとても広いのね。湖があるなんて知らなかったわ」
「冬には渡り鳥がやってきて、ここで冬を越すそうですよ」
「へえ~……、皇国と同じで、ここも自然豊かな場所なのね」
湖畔を二人で並んで散歩する。ただ、それだけのことだけれど、緑に囲まれたこの場所は歩いているだけで心がすっと浄化されるようだった。
「……そう言えばユリスは、どうして守護騎士になったの?」
そんな質問を投げかけたのは、何となくの気まぐれだった。この屋敷に来てから、当たり前のように「聖女の守護騎士」として私の身の回りの世話をしている彼らだが、どういう経緯があって守護騎士になったのだろうと、単純に気になった。
「我々四人は、代々聖女様にお仕えする一族の出身です。『聖女様の守護騎士』になることは、生まれたときから決まっていました」
「ほかの道を歩みたいと思ったことは?」
私の問いかけに、ユリスはふと口元を緩めると「一度もありません」と、はっきり言った。
「それが定めだと言われてきましたから。一族で守護騎士に任命されるのは一名のみ。……家門を背負っている以上、その定めから逃げ出すこともできませんからね」
何でもないことのように笑うユリスに、私は彼らにとって「聖女のご機嫌取り」について文句を言いたくなる気持ちが少し理解できるような気がした。期待を背負って与えられた役目が、「聖女に媚びへつらうこと」なのだとすれば、げんなりするのも仕方ないことだろう。
(さらに、その聖女が初級の結界魔法も使えないんじゃ、この人たちもお先真っ暗よね……)
先ほどの特訓を思い出し、またもやずんと気分が落ちる私。すると「アリシア様」と、名を呼ばれた。ふと顔をあげれば、目の前に差し出されたのはクローバーだった。
「え、四つ葉?!」
「はい、四つ葉のクローバーです」
にこりと微笑むユリスに、私は目を見開いた。辺り一面に咲いているクローバーの中から、この短時間で四つ葉を見つけられるなんて。
「すごい……。私がもらっていいの?」
「ええ、貴女のために摘んだものですから」
ユリスはそう言って、ふと口元を緩めた。
「……四つ葉のクローバーの花言葉は『希望』です。きっと、訓練を重ねればアリシア様も結界魔法が使えるようになりますよ」
その言葉に、私の手が止まる。クローバーから視線をユリスに戻せば、やっぱり彼は変わらず優しげな微笑みを浮かべていた。
「正直、私は……貴女はすぐに根を上げると思っていました。『好きにさせてもらう』と、料理や掃除、畑仕事を始め、自由奔放に生活する貴女のことですから。成果の見えない魔法訓練もいずれ飽きて辞めるだろうと予想していたのです。けれど、貴女は毎日の訓練に欠かさず参加して、ひたむきに魔法と向き合っている」
そんな風に言われ、私は人差し指をツンツンしながら「それは、だって一応私の使命らしいし」と、口ごもった。
「今はまだ、そんな理由でも構いません。私も手は尽くしますから、めげずに訓練を続けていただければ」
何がおもしろかったのか、ユリスはふふと笑みを零して、そう言った。私が「分かったわよ」と不貞腐れたように返事を返して、また湖畔を二人で歩き出しながら、しばし休息を取ったのだった。




