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私って聖女ですよね? 1

「訓練って、本当だったのね……」


 翌日、ルカと作った朝食を食べた後、やってきたユリスに聖女訓練のことについての説明を聞かされた。あれはリヒトが意地悪で言っていた話ではなく、本当だったようだ。


「まずはここでの暮らしに慣れていただくことから始めましたが、畑仕事をするくらいには余裕ができていらっしゃるようなので」


 にっこりと微笑むユリスに、うっと言葉を詰まらせる私。


 今日は花壇をレンガ石から作ろうと思っていたのだけれど、当分先の話しになりそうだ。まあ嘆いていても仕方がない。


 自分の「聖女の力」とやらが、どのようなものなのかを知るいい機会だと思い、私は大人しく守護騎士四人と共に、訓練場だという屋外の広場へやってきた。円形状になっており、足元は雑草一つ生えていない土の地面である。


「訓練って何をするの?」

「結界魔法の展開とその強化訓練です。もともと、我々のような守護騎士でもある程度の結界を生み出すことはできますが、聖女様にはその何十倍、何百倍の力が備わっていると言われています。その力を引き出すことが訓練の目的です」


 ルカの説明に、私は「なるほど」と自分の両手をじっと見つめた。これまで聖女らしい兆候は一切なかったので、本当にそんな力があるのだろうか、と若干の不安はあるけれど。


 この国では魔法を使うことができる魔術士が一部おり、魔術士はもれなく国に管理されている。魔法が使える人は神殿か、騎士として働くかが主になるので、一般人がお目にかかる機会はめったにない。私の守護騎士を務める彼らも同様の魔法を扱うことができるそうで、「聖女の訓練」も仕事の一つとのことだった。


「私の真似をして、右手の手のひらを上に向けて。意識を右手に集中させ、丸い円を頭の中で描くように力を込めてみてください。それから『シールド』と詠唱すれば、結界が展開されます」


 ユリスがそう言うと、彼の手の平に丸い球体のような光が現れた。キラキラと輝くそれは、星の光を集めたような色と明るさを放っている。


「すごい、初めて見た……」

「このような特殊な力を持っている騎士は、ごく一部に限られていますから、あまり見る機会もないでしょう」


 腕組みをしながらそう解説したリヒトは、私の方をちらと見ると「では、どうぞ」と平然とした顔で言ってのけた。


「え、説明はこれで終わり……?!」

「はい。後は実践あるのみです」


 軽い調子で「実践あるのみ」だなんてユリスは言ってくれるけど、まるで出来る気がしない。丸い円をイメージして力を込めるって、何その説明……!


「大丈夫ですよ、アリシア様! 大神官様のご神託で選ばれた聖女様ですから、きっと素質はあるはずです!」


 両手をぐっと握りしめながらルカに明るく励まされ、私は「そ、そうかしら」と煽てられる。ルカのまっすぐな目で、そんなふうに言われると何だか私にもできるような気がしてきたから不思議である。


 我ながら単純だけど、何はともあれ、やるしかない。


 そう腹を決めて、さっきユリスがしたみたいに「シールド!」と、試してみた。ところが、うんともすんとも言わない手のひら……。


「……」


 途端に辺りが静まり返り、私たちの間にひゅるりと一陣の風が吹いた、気がした。


「い、今のはちょっとした準備運動みたいなものですよね、アリシア様! わざわざ広場に移動しましたから、周りのことは気にせずに、どうぞ遠慮なくやっちゃってください!」


 笑顔を浮かべながらも、どこか焦った様子のルカに私の頬を冷や汗が伝う。


「も、もう一度やってみるわ!」

「ええ、右手の手のひらに意識を集中しましょう」


 ユリスも側に来て、私が再び手に力を込める様子をじっと見つめ「シールド」と詠唱する。だけど、やっぱり何も変わらずで、気まずい沈黙がその場を襲った。あまりにも間抜けな顔をしていたのか、側でリヒトだけがくくっと声を押し殺して笑っている。


「ちょっと、リヒト! 笑わないでよ!」

「申し訳ございません、あまりに必死な顔をなさるので」


 リヒトの意地悪な発言に、ますます結界魔法を使えなかったことに悔しくなる。昨日、私が反抗的な態度を取ったことを根に持っているのかもしれない。まったく、何て失礼な人なの。


「見てなさい、今にできるようになるんだから!」


 「それはとても楽しみです」と嫌味な笑みを浮かべたリヒト。けれどその後、何度チャレンジしてみても結果は同じ。思いもよらぬ結果に終わり、「聖女」としての私の存在意義が危ぶまれる事態に陥ったのだった。



◇◇◇



「アリシア様、そんなに落ち込まないでください」


 夕方、いつものように調理場で夕食の支度を手伝っていた私に、ルカは優しく声を掛けてくれた。その親切さが、今は胸に染みる……。自分の力はいかほどのものなのかと思っていたら、何ともいえない結果に終わってしまい、居心地がすこぶる悪かった。


「私だって上手く行く気はしていたなかったけれど、まさか何も起こらない程、力がないとは思わなかったから……」


 ずんと落ち込み、暗いオーラを放つ私。さっきのことは忘れようと、無心になってジャガイモを剥こうとしたけれど、どうしてか胸の内に広がる霧は一向に晴れてはくれなかった。


 事情も知らずに、ある日「貴女は聖女です」と言われ、ここへやってきた訳なんだし、力がないからと言って「だから何なのよ」という話なのだけれど。


「……私、どこかで期待していたのね」


 ぽつり呟いた言葉に、ルカは「期待?」と尋ねてきた。私は自嘲を浮かべると、「ええ」と返す。


「自分には特別な力があると思いたかったのよ。……私は何も持っていないと思っていたから」


 三年前、唯一の肉親だった父を亡くした時、私は自分の無力さを恨んだ。継母と義兄と暮らすことになった時も、結局私が一人立ち出来ない子どもだったから、あの家から出ることができなかった。


 だから「聖女に選ばれました」と言われた時、少しだけ嬉しかった気持ちがあった。私も物語の主人公になれるかも、とも思ったのだ。


「……一度失敗したからって、それが何だって言うんですか」


 その時だった。俯く私に、頭上からそんな言葉が降ってきた。そっと顔を上げると、ルカがまっすぐに私のことを見つめ、深いヴァイオレット色の瞳を細めながら「大丈夫ですよ」と微笑んだ。


「アリシア様は、最初からこの美味しいフォカッチャを作ることができましたか?」


 ルカはそう言って、ちぎったパンを私に差し出してくれた。ひと欠片の柔らかいパンを手に、私は昔を思い出す。まだ母が生きていた頃に、一緒にパン作りをしたことを。


「……いいえ、最初はうまく膨らまなかったり、焦げたり失敗ばかりしていたわ。塩気がなくて味がなかったり、パサパサになりすぎたりで」

「でしょう? 結界魔法の展開もそういうものです。何度も練習して習得する。パン作りと同じですよ」


 さすがにパン作りと聖女としての務めは別ものなのでは?と思ったけれど、ルカなりに私のことを励ましてくれているのだと分かると、そんな野暮な指摘を返す気にはなれなかった。


 何の変哲もない自分の手に視線を落とす。ルカの言うように特訓を重ねれば、私にもちゃんと結界魔法が使えるようになるだろうか。その答えは、まだ分からない。けれど、ルカのおかげで、これから私がすべきことは明確になった。


「……ありがとう、ルカ」


 私がそうお礼を述べれば、いつだって心優しい守護騎士は「どういたしまして」と柔らかな笑顔を向けてくる。


「よし、明日からの特訓も頑張るわ!」

「その意気ですよ、アリシア様!」


 煽てられて分かりやすく、やる気を出すとは随分と単純だとは思うけれど、今はルカからの応援が、私にとって何より心強いものになった。

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