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第8話 付き合う?

「――い、おい。起きてくれ。頼むから」

 

「…………んむ」


 奈子の眠りは、誰かの声によって終わりを告げた。せっかくいい気分で寝ていたのに、起こしたのは誰だろうか。

 

 そう思った奈子は、顔を上げる。目を擦り、ジンとする頬を撫でる。口の周りに少し涎がついていたので、ついでに拭った。そこまでして初めて、自分をじっと見つめる存在がいることに気がついた。


「起きたか」

 

「……浮気くん?」


 視線の主は、上半身を起こして座る浮気くんだった。彼は目を細めて奈子を見つめている。その表情は、何かを必死に抑えているようだ。口調は酷く平坦なのに、その目線はドロリと溶けて熱を発している。浮気くんの胸に置いた手からは、ドクドクと速いスピードで鳴る心音が伝わる。


(あれ、私浮気くんに触ってる――――?)


 シャツ越しとはいえ触れた手、腰と背中に回された彼の手。素肌は触れあっていなくとも、互いの熱をハッキリと感じられる距離だ。


(なのに、なんで浮気くんは起きてるんだろう)


「んっ、……なに?」

 

「静かに」


 疑問に奈子が首を傾げると、浮気くんの手が背中を撫で上げる。ゾク、と震える体を浮気くんが宥めるようにさらに撫でる。普段早苗たちに撫でられているものよりも大きくて熱い手。


 その手で撫でられると、ソワソワするのにどこか安心する気持ちもある。

 

 今度は奈子の背中の中ほどまである髪を触って、最後は頭を撫でていく。


「んむ……浮気くん?」

 

「――――――だ」

 

「え? なに?」


 頭から顔に移った浮気くんの手に、奈子は本格的に彼の体質を疑い始めた。こんなにも触れているのに、浮気くんが失神する様子はない。口元を撫でられながら「涎ついてないかな」と思っていた奈子は、彼が口にした言葉を聞き逃した。

 

 ――――聞き返す奈子に、浮気くんは頬を赤らめて笑った。


「――――やっと、見つけた。君が俺の運命だ」

 

「え?」


 何を言われたかを理解する前に、奈子の体は軽々と持ち上げられ浮気くんの足に乗せられる。そしてそのまま体を反転させられて、地面に優しく寝転がされた。

 

 奈子の視界には、青空に桜。そして日差しに当てられて光る金色の髪。けれどもそれらよりも目を奪われたのは、浮気くんの碧い瞳だった。


(熱い……)


 奈子にはその熱の正体が何か、わからなかった。けれども自分に向けられたその熱が何かを知りたくて、彼の目に手を伸ばす。


 しかし、それに触れるよりも先に、浮気くんに手を取られる。手を取った彼は、奈子の指と自分の指を絡めて強く握った。押し倒されて手を捕まえられた奈子は、まるで獣に捕食される前の獲物だ。


(逃げる? でも、……気になる。浮気くんが何を私に言おうとしているのか)


 奈子の心の声をまるで聞いていたかのように、浮気くんが答える。


「――――俺と恋人になって欲しい」


 その言葉に、奈子は瞬く。


(…………恋人。恋人ってなんだっけ)


 奈子が記憶を探っている間に、浮気くんは熱に浮かされたかのように少し早口で話す。


「触っても意識を失わなかった女性は、君が初めてなんだ。背中も、首も、髪も、顔も。どこを触っても俺は起きたまま。それどころか、心臓は爆音で鳴り続けてるし体中が熱くて……こんなこと、今までには決してなかったことなんだ」


 証明するかのように、奈子の頬を撫でてくる浮気くん。確かに興奮具合を示すかのように、彼の手は温かい。無意識にその手に擦り寄ってしまった奈子の上から、何かを飲み込む音がする。


 両手で頬を触った浮気くんの顔が、近づいてくる。部室でもあった距離間。そこでピタリと止まった浮気くんは、目を微かに潤ませて奈子に告げた。


「――――どうか、俺と結婚を前提に付き合って欲しい」

 

「……けっこん」

 

「ああ。俺の生涯の伴侶として、一生側にいてくれ」


 初めて言われた言葉の連続に、奈子は何度も目を瞬く。浮気くんの表情は真剣そのものだ。冗談を言って揶揄っているようには、とても思えなかった。


『早く大人になって沢山の男に愛を乞いなさい』


 真っ赤な唇が、再び奈子に囁く。大人になるには、愛を貰わなければいけない。

 

 奈子は自分に付き合って欲しいと……愛を求めているような男を見上げる。彼と付き合ったら、奈子は大人になれるのだろうか。でも、彼だけの愛では子供な自分には足りないのではないか。


 あの人が言ったように、沢山の男に愛を乞うだなんて。


(なんか、面倒な気がする……)


 自分が複数の男に愛を告げる姿が想像できない奈子は、ジッと答えを待つ浮気くんを見上げて違う方法を思いついた。


(――――別に、私じゃなくてもいいんじゃないかな)


「……浮気してくれるなら、いいよ」

 

「本当か!? 浮気してくれるなら――――ん? 浮気しないのならば、ではなく?」

 

「うん。私と付き合ったら、浮気してくれる?」


 そう、別に複数に愛を告げるのは奈子でなくてもいいはずだ。むしろ、出会って数日の自分に告白してきた浮気くんの方が向いているだろう。


(ヒカルちゃんも、言ってた。まずは経験してみることも大事だって)


 ならば奈子のこの提案も、間違っていないはず。そう確信していた奈子に対して、それを告げられた浮気くんは顔を顰めてから大きく口を開いた。


 「ぜ――――ったいに、浮気はしないぞっ! 俺は!」


 突然の大声に肩を揺らした奈子は、次いで頭を傾ける。


「でも、私がいいよって言うなら問題ないんじゃないのかな」

 

「ダメだダメだダメだ! そんなの絶対に、間違っているっ!」

 

「でも、よくニュースで不倫してる芸能人とか見るよ。大人は皆してるんじゃないの?」

 

「どういう認識してるんだ君は!? そんなの一部の不誠実で軽い軟派な獣がしている蛮行だろう!? そもそも付き合うと言うのはな、互いだけを想いあって、尊重して、共に生きると誓うものだ。決して、複数人に愛を分け与えるものではないっ!」


 浮気くんの言い分に、奈子は再び首を傾げる。彼の言うことは、なんだか現実味が薄い。そんな風に愛し合う人間なんて、この世に存在するのだろうか。


「でも、あれ、なんだっけ。ハレム? とかあるし……。重婚だってしてる人もいるし」

 

「君は王族でもないし、ここは日本だ」

 

「あとは……生物学的に、なんというか……相手が複数いたほうがいいとか」

 

「相手が複数いることによる法的、精神的デメリットの方が高いだろ。それに君、本当は複数での恋愛関係にそこまで興味ないだろう。むしろ恋愛に興味すらあまりないと思ってたんだが、どういう思考回路でその答えに行きついたんだ?」

 

「…………浮気には否定的なんだね」


(なんで、そんな顔するんだろ。()()()()なのに)


 心底理解できません、という顔をした浮気くんを奈子は不思議に思った。でも、一度思いついた考えが奈子の頭から離れない。浮気くんの言うとおり、奈子にはそこまで自分がする恋愛自体に興味はない。


 ただ、大人になりたい。その願望が、奈子の心に居ついてどこにも行ってくれないのだ。

 

 だから――――――。


「――――付き合ってもいいけど、浮気くんには浮気してもらって……恋って、愛って何なのか。教えて欲しい。それを知って、私は早く大人になりたいと思っているだけ、んにゃ」

 

「……にゃ?」

 

「喋りすぎて、かんじゃった……」

 

「かわっ……い、いやそうじゃなくて。なら、俺だけと付き合って君に恋と愛を全力で注ぐ。それならいいだろ?」


 どこか慌てた様子で話す浮気くんに、奈子は喋りすぎて若干引きつる口をモゴモゴと動かす。手を頬に当てられたまま喋っているせいで、余計に口が動かしにくい。

 

「――――いや、浮気はしてもらわにゃいと」

 

「なぜそこだけは頑ななんだっ!? あと、にゃってなんだ。にゃって。可愛いな、畜生っ!」

 

「にゃ?」

 

「っ、――――クソッたれっ! 絶対に俺と付き合ってもらうからな! 覚悟しろよ!?」


 ぜえったいだからな! と叫ぶ浮気くんの声が、青い空に響いて広がっていく。

 

 頭を撫でられ、頬をグニグニとされながらも奈子は、彼の告白に頷くことはなかった。


(でも、浮気くん全然諦めてなさそう……)


 自分の上で「なぜだ……なぜ浮気させたがる」と唸る浮気くんが少し面白くて、奈子はわずかに口角を上げた。


(学校って、新しいこといっぱいで……楽しい、かも)


 ――――結局、越金が帰って来るまで浮気くんは奈子を離さなかった。早く奈子を離してやれと言う越金に威嚇する浮気くん。

 

 そんな彼を見て、奈子は音を立てて笑ったのであった。

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