第7話 運命の人ってなに?
「くそー! これも全部あいつのせいだあっ」
「部長、落ち着いてください!」
運動部の部室棟から出た4人は、文化部部室棟前まで戻ってきた。断られた時は顔を引くつかせながらも笑顔で対応していたのに、人気のないところまで来たら長田は地団駄を踏み始めた。それを慌てて宥める越金。奈子は、浮気くんの隣でそれらを見ていた。
「これでは取材も何もないですね。文化部にも運動部にも断られるなんて、何か理由があるんですか?」
腕を組んでそう言った浮気くんを、頭を掻きむしっていた長田が睨む。
「……あんたも大概面が良いけどね。あいつの顔面には到底敵わないわ。なにせ奴の顔面は、人を狂わせるから」
「……意味がわかりません」
「他の部活の連中が取材を受けないのは、過去に受けて酷い目に合ったからよ。被害が多かった一学年上の連中が卒業していったから、どうにかなると思ってたけど……。甘かったわっ!」
キー! と叫ぶ長田には説明してもらえないと思ったのか、浮気くんは越金に視線を移す。視線を向けられた彼は、頬を掻きながら口を開いた。
「ええと……新聞部には3年の副部長がいるんだけど、その人がすっごくイケメンなんだよ。もう男でも惚れちゃう人が続出するほどでね。それでその先輩が取材に行くとさ、なぜかその部活内で問題が起きるんだよ。例えば部員同士の喧嘩とか、チーム内の揉め事とかで大会に出られなくなったり。先輩の追っかけになってそもそも部活に来なくなっちゃったり。……まあ、色々あったんだ」
「あいつは、特殊なフェロモンでも発しているに違いない」
「ということで、新聞部はいつからか他の部活から避けられるようになってしまってね。対面じゃなければ受けてくれるところもあるんだけど、対面だと副部長がフラッと来る時があるから」
「自己中なのよ、あいつは」
長田はそう言い捨ててから、乱れた髪を整える。そして、息を吐いてから先程までの暴れっぷりとはかけ離れた落ち着いた声で言う。
「――――でも、良い写真を撮るのよね」
「何だかんだ言っても、お二人は仲が良いですよね。去年の文化祭だって随分と盛り上がってたじゃないですか」
「………………文化祭。そうよ、文化祭に向けての準備もあるっていうのに……どうすんのよ! この状況! つかなんで私がこんなにあいつのことで頭抱えなきゃならんのだ!?」
「部長だからでは。一度引き受けた責務はきちんと果たすべきじゃないですか?」
「んなこと1年に言われんでも分かっとるわあ! 分かっとるから少しは暴れさせろ! こうなったら、写真だけでも撮ってやる!」
浮気くんの言葉にまた吠える長田。彼女は、「イーヒッヒッヒ」と奇声をあげながら桜の木に足をかける。
(……猿の木登り?)
長田の顔の雰囲気と奇声のせいで、そんなことを奈子は連想した。しかし、彼女の動きを見るに木登りが得意だとは思えない。だが度胸だけはあるのか、長田は時間をかけながらもどんどん上に上がっていく。
「ちょ、部長! そこに登っても部室は見えないですって!」
「ウキキキキキ!」
「……駄目だ。完全にネジが外れちゃってるよ。僕、飯田先生を呼んでくるね。――先生なら拳一発で部長を正気に出来るから!」
「変人ばっかじゃないか。新聞部」
(……浮気くん、それってもしかしてブーメランというやつでは)
そう心の中で奈子は呟いた。口には出していないはずなのに、木のそばにいる浮気くんはこちらをじっと見てくる。その視線から逃れるように、奈子は長田を見上げた。まだ2階を覗き見るには低い位置だが、もうひとつ上の枝に登れば写真を撮れる可能性だってあるのではないか。
――――そう奈子が思った瞬間だった。
(あ、落ちる――――)
奈子は、長田の動きを見てそう直感した。
奈子の感じた通り、長田は足を枝から滑らせた。重力に従って落ちていく彼女の体。今の奈子の位置は、彼女を助けるには遠い。けれども、奈子は長田の元へ駆け出した。地を蹴って、思い切り手を伸ばす。けれども奈子の腕の長さでは長田には届かない。宙で空を切る自分の手を、奈子は睨みつけた。
しかし、目の前に飛び込んできた金色に目を見開く。
――――奈子が届かなかった長田の体を受け止めたのは、浮気くんだった。
「部長! 浮気! 大丈夫か!?」
背を向けていた越金が、大声で地面に倒れる2人を呼ぶ。落ちた長田を浮気くんが下に滑り込むことで受け止めたのだ。そこまで高くないとはいえ、落ちたことに変わりはない。奈子も2人の元へ走る。
「…………俺は何ともないです。けど、すみません。も、限界で……す」
越金の呼びかけに浮気くんは、頭だけ起こした。
――――しかし、それだけ言うとそのまま再び後ろへ倒れる。
「白目向いてるな……。上手いこと受け止めてたみたいだし、浮気は大丈夫だろう。俺は部長を保健室へ運ぶから、大木さんは浮気のことを見ててもらっても良いかな? すぐ戻ってくるから」
浮気くんの上で気を失っている長田を、越金が抱き上げながらそう言った。それに対して奈子がしっかり頷くと、彼は校舎の方へ走って行く。
「……本当に失神しちゃうんだ」
浮気くんの顔を見下ろすようにしゃがみ込んだ奈子は、ポツリと呟いた。白目を剥いてピクピクと痙攣している姿は、確かに色々な意味で心臓に悪い。いくら顔が整っていても、これでは女子が逃げるのも頷けるというものだ。
奈子は、そっと浮気くんの瞼を下ろしてやってから改めて彼の顔を見つめた。
(でも、部長さんを助けるために自分から下敷きになったんだよね……)
ツンツンと頬をつついてみるが、反応はない。好奇心を唆られて金色の髪も触った。サラサラと逃げていく髪を指に巻き付けて遊んでみる。だがやはり、浮気くんは起きない。
(うーん。悪い人……じゃあないよね)
自分が気を失うのを承知で助けたのだ。確かに浮気くんは変わっているけれど、悪い奴ではない。奈子はそう感じた。
「…………全然動かない。死んでない、よね?」
目を閉じた浮気くんは、どこか人形のようで本当に無事なのか気になる。奈子は、ゆっくりと自分の右耳を浮気くんの胸に押し当てた。
(――――あ、生きてる)
浮気くんの心臓は、トクトクと一定のリズムを刻んでいた。速くもなく、遅くもないそれは、聞いていてなんだか心地いい。
「…………落ちつく、かも」
奈子は桜の木から木洩れでる陽の光を浴びながら、ゆっくりと瞼を閉じる。サワサワと枝が揺れる音と、浮気くんの心音が混ざり合う。もっと彼の音が聞きたくて、奈子は浮気くんのブレザーを少し捲ってワイシャツに頬をつける。
より鮮明に聞こえるようになった音に、息をひとつ吐いた。触れ合ったところから、温もりが生まれる。奈子は、吐いた息を今度は鼻から吸った。
「なんの匂い、だろ。…………すごく、いーにおい」
そう呟いた奈子は、浮気くんの胸の上に顔を伏せたまま心地の良い眠りについたのだった。




