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第5話 獲物はわたし?

「お前、新聞部に入れ」

 

「え……と、新聞部ですか?」


 ああ、と頷くのは職員室の自席で書類を書いている飯田だ。放課後に職員室へ来い、とだけ言われた奈子はその言葉の通りに職員室へやって来た。


 早苗へ寝ていたら起こして欲しいと頼んでおいた甲斐あって、きちんと目的地にたどり着いたのだが。


「そうだ。新聞部は人数不足で廃部寸前でな。まあ、潰れるならそれでもいいかとも思ったんだが。新入生が1人入部しちまったからな。あと1人入部すりゃ廃部は免れる。顧問としては存続を望む生徒の想いに応えねえわけにもいかねえ。んで、お前だ」


 ビシッと奈子の額を指す飯田。その指先に視線を遣る。短く切りそろえられた爪から、僅かにチョークの匂いがする。


「現時点でどこの部活にも所属していなくて、放課後も暇そうなのはウチのクラスではお前くらいだ。だからお前、新聞部に入れ」

 

「……強制は、よくないんじゃ」

 

「そんなん知らん。教育委員会が怖くて教師やってられっか。お前も、ガキのままじゃいられんだろ。クラスの連中とは上手くやれてるらしいが、このまま社会に出たら潰れるか引き篭もるぞ」


 人に聞かれたら怒られるかもしれない物言いだったが、飯田の言っていることは正しいとも思えた。俯いて黙り込む奈子に、飯田は机に向き直って言う。


「……新聞部の部室は廃部寸前なのに、良い場所でな。日当たりが良いし、桜も見れる。中には飲みもんも菓子も常備されてる。んで、冬用に出す炬燵もある」


 顔を上げた奈子に、飯田は視線だけを寄こしてニヤリと口角を上げた。


「猫にとっては、居心地は悪くねえと思うんだがなあ」



 *



「…………来ちゃった」


 目の前の扉には、手書きで書かれた『新聞部』の文字。コピー用紙のそれは、おそらくマジックペンで書いたのだろう。丸っこい文字に、左上のセロハンテープが剝がれているところが廃部寸前というのを物語っている気もする。

 

 奈子は、藤堂から教わった通り3回扉を叩いた。


『はい、どうぞ』

 

「……なんか、聞いたことがあるような」


 扉の向こうから聞こえる声に、奈子は首を傾げながらも扉を開けた。


「――――む。大木さんか」

 

「浮気くん?」


 部屋にいたのは、隣の席の浮気くんだった。彼は椅子に座って本のようなものを見ているようだった。


 飯田の言っていた通り、日当たりの良い部屋からは桜が見える。桜を背にこちらを見る浮気くんは、まるで雑誌から出てきたモデルのようだった。


「どうした? 俺と握手しに来てくれたのか?」

 

「……ううん。早苗ちゃんに浮気くんとは握手しちゃ駄目って言われてるから」

 

「チ、真田の奴め。余計なことを」


 舌を打って立ち上がった浮気くんは、奈子の目の前にやってくる。改めて目の前に立たれると、彼の恵まれた体躯がわかる。顎に手を当てた浮気くんは、奈子の体を下から上になぞるように見た。


「握手が駄目なら、髪ならいいのか? よく真田たちに撫でられているだろ」

 

「握手以外でも触られちゃ駄目って、早苗ちゃんが……」

 

「……ほお」


 頷いた浮気くんの右手が動く。その右手は、奈子の胸辺りから首、そして頬を沿うようにゆっくりと上がって来る。


 触れられてはいない。しかし、奈子が少しでも身じろぎすればすぐに触れてしまいそうな距離だ。

 

 浮気くんの親指が、奈子の唇を触れないままなぞる。空気を介して伝わる熱に、奈子の背筋が震える。


(――――なんか、ゾワゾワ? ドキドキ? する)


「……逃げないんだな」

 

「え?」

 

「君なら受け入れてくれるのか?」


 今までに感じたことのない感覚に気を取られていた奈子は、浮気くんの言葉に顔を上げる。その動きで触れてしまうかと思った彼の手は、奈子の頭上に移動していた。

 

 背後で鳴る音に、扉を閉めたのだと遅れて理解する。思わず後ずさるが、背中に扉が当たってそれ以上は下がることも出来ない。


「――――大木さん、君はなぜここに?」


 扉に手を置いたまま、奈子を見下ろす浮気くん。身長差があるせいで、奈子の顔に影が落ちる。


 浮気くんの瞳の碧も、先ほどよりも暗く見える。それなのに、問いかける彼の声音は教室でのものと同じだ。


「……飯田先生に、新聞部に入らないかって」

 

「ああ。俺が入ったから、あと1人入部すれば廃部にならないんだったな。部長が小躍りしてた」

 

「浮気くんも、新聞部?」


 彼ならば他に似合う部活がいくらでもあるのではないだろうか。例えば運動部だったら、テニス部だとか。


「ああ。新聞部なら、他の生徒に取材をしに行く機会もあるらしいからな。それに、部長が3年の先輩たちと会話する機会を用意してくれると言ってくれたし」

 

「……握手が目的なんだ」

 

「む。部員が足りなくて困っていたらしい。それもあって入ったんだよ」


 奈子の少し咎めるような目線に、浮気くんは眉を寄せる。そして背を曲げて、その整った顔を奈子の顔に近づける。


 急に目の前に現れた碧い瞳とそれを覆うような長い睫毛に、奈子は息を呑んだ。


「そういう大木さんだって、先生に言われたからってここに来たんだろ。俺と何が違うって言うんだ? それともあれか。先生に言われたってのは嘘で、やっぱり俺に会いに来たとか?」


 至近距離で見つめてくる細められた碧い瞳。今でも睫毛の本数を数えられるほどに近い距離が、少しずつ縮まっている。


(多分、逃げた方が良い。良いんだと思うんだけど――)


 影の中で妖しく光る碧をもっと見ていたいとも思ってしまう。

 

 奈子は自分が可笑しくなってしまったのかと瞬きを何度もする。しかし、浮気くんは止まらない。

 

 ――――もう少しで互いの鼻先が触れてしまいそうになった時。


 廊下に人の気配を感じた。次いで話し声も聞こえてくる。どうやらやって来るのは2人の人間らしい。


『くっ、現時点で部活に入ってないのは学校以外でやりたいことがある連中なのよね。放課後やることがないなんて子、早々見つからないわ』

 

『まあまあ。1人だけでも入ってくれたんだから、良かったじゃないですか』


 会話の主は、どんどんこの部屋に近づいてくる。そして、扉を隔てた向こう側で気配は止まった。

 

 奈子は、向こう側の取っ手に手が掛けられたのと同時に、膝を曲げる。

 

 ――――そして、開け放たれた扉に合わせて後ろに跳んだ。


「きゃあ!? ななななななによ!?」

 

「部長、大丈夫ですか!?」


 姿勢を低いままに、奈子は顔を上げた。扉の前で左右に分かれるように立っている2人の男女。


 どうやら女子生徒の方が「部長」らしい。男子生徒の方は彼女に対して敬語を使っているので、後輩なのだろうか。


(でも、そんなことより――)


 奈子はそろりと扉の奥を見上げた。そこにいたのは、笑みを浮かべる浮気くんの姿。


 でもその笑みは、テレビでよく見るようなアイドルたちが浮かべる笑顔では決してなかった。


 それよりも獲物を見つけた動物の目をしている。この場合、獲物は――――。


(――――もしかして、私?)

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