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第4話 大人ってなに?

 結局あの後、奈子がお昼を買っていないと知った早苗に急いで連れられて学食に行ったため、浮気くんに関する話はそれで終わった。


 学食では彼を見なかったので、違う場所で食事をしているのか。それとも倒れて保健室にでも行ったのか。


(別に普通の男子に見えるけどな……顔に似合わず口調とかはちょっと古臭い? けど)


 授業中、隣の席を盗み見る。横顔ですら綺麗な男だ。鼻なんて、滑れそうなほどである。授業に関係ないことを考えていた奈子の机に影が出来る。


「いたっ」

 

「おい、大木。今は授業中だぞ。集中しろ」

 

「……あい」


 奈子の頭に教科書を落としたのは、飯田だった。ピシャリと言われた言葉に頭を抱えながら頷いて、机の上の数字の羅列に目を落とす。


 正直、勉強は好きじゃない。けれどこのクラスの生徒たちは、休憩時間にはおふざけするわりに授業中は真面目だ。今もクスクスと微かに笑う気配はあるが、すぐに黒板と机に意識が向いた。


「……勉強、好きじゃない。ずっと座ってるなら、外で走ってる方がいい」

 

「やーん、そんなところも猫ちゃん! 可愛いなあ」

 

「実際、奈子は運動神経いいよね。運動部とかに入らないの?」


 昼休み、奈子は早苗と藤堂と一緒に教室で昼食をとっていた。

 

 奈子が登校してからずっと早苗とは、昼休みを共にしている。藤堂はバレー部の昼練がない時一緒に食べることが多い。今日も弁当を持参して食べている。


「んん……多分、続かないから。私、部活自体毎回行けるかもわかんないし」

 

「あー、確かに。奈子いないなって思ったら、日向で眠ってるってことよくあるしね」

 

「そんなところも可愛い! でも部活、しかも運動部じゃあ咎められるか。特に団体競技は」

 

「そうだね。じゃあ、文化部?」

 

「美術部に入ってくれたら嬉しいけど、それも眠っちゃいそうなのよね」


 というかモデルになって欲しい! と言う早苗は、美術部だ。中学でも美術部だったらしく、篠原によると何度も賞を取ったことがあるらしい。紙パックのカフェオレを持つ手の先も自分で塗っているらしいが、綺麗に彩られている。


「……帰宅部でいいかな」

 

「まあ、部活に入らなくても問題はないしね。でも、部活に入れば先輩とか他のクラスの子とも知り合いになれるよ?」

 

「奈子ちゃんの仲良しは私たちだけでいいの!」

 

「はいはい。でも、もう私たちも高校生だしね。新しいことを始めるにはいい機会でしょ。やりたいこととか、なりたいものはないの?」


 藤堂の問いかけに、首を傾げながら菓子パンをかじる。口に広がるチョコレートをきちんと呑み込んでから、奈子は言った。


「……大きく、なりたい」

 

「そのままでも、可愛いよ~。あ、でも身長が伸びた奈子ちゃんも見てみたい。あ~でも、やっぱりこのサイズ感が堪らんのですよ」

 

「へえ、身長を伸ばしたいってこと?」


 身体をくねらせる早苗を無視して藤堂が聞いてくる。彼女はバレー部らしく高身長だ。その姿に憧れはある。あるが――――。


「んん、身長も大きくなったらいいけど、そうじゃなくて……大人になりたい?」


 真っ赤なルージュが、浮かんでは消えていく。高校に入ってから頭に過るそれを、奈子は大人の象徴だと思っていた。そしてそれを消すには、自分が大人になればいいのではないのかとも。

 

 周りのクラスメイト達は、みんな奈子から見たら大人に見える。中学の時の同級生とは違って、奈子が可笑しな行動をしてもそれを受け止めてくれる。でも、ダメなところはしっかりと指摘もしてくれるのだ。それに、勉強や部活をするその姿はとても楽しそうで自由に感じた。


「でも、大人になるってなんだろ」

 

「難しい質問だね。高校生になったとは言え、私たちはまだ成人してすらないし。でも、中学生に比べれば行動範囲も広くなるしね。まあ、奈子は中学生と言われても納得しちゃうかもだけど」

 

「……うむん」

 

「はは、ごめんごめん。奈子のことはさ、私も可愛いと思ってるし良い個性だなって思うよ。でも、大人になりたいっていうのなら、やるべきことも変わるべきことも、結構あるよね」

 

「…………ヒカルのそういうとこ、私は結構好きよ」

 

「そ? 私は思ったことを言ってるだけなんだけどな」


 それが難しい人間も沢山いるのよ、と顔を歪める早苗。そういう人間、と何かがあったのか。奈子には察することは出来なかったが、早苗の言うことには同意する。藤堂のさっぱりとした竹を割ったような物言いは、奈子も好きだった。


「んもーヒカルの言うこともわかるけどね。奈子ちゃんは今のままでも十分魅力的な女の子なの!」

 

「はいはい。それは私も同意見だよ。ま、無理に変わる必要もないかもしれないしね。私も何だかんだ言って奈子のふわふわな髪の毛を堪能してるし」


 藤堂に頭を、早苗に顎を撫でられながら目を細める。2人の柔らかだけど、指先や節が固い手に触られながら、喉を鳴らす。彼女たちの手は気持ちよすぎて、最近の奈子は本当に猫になったような気分だ。落ちてくる瞼を持ち上げようとするが、無理そうだ。


(……でも、このままじゃ子供のままだ)


 結局お昼も食べ終わらずに寝落ちた奈子は、大人とは程遠い人間なのだ。何かが起こらない限り、自分は変われないのかもしれない。

 

 そんな風に考えながら夢の中でも昼寝をしていた奈子だったのだが――――。


「お前、新聞部に入れ」

 

「え?」


 ――――どうやら、その『何か』がやって来たらしい。

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