第3話 浮気くんは女子に触れられない?
「浮気と書いてうきと読む浮気龍之進だ。だが、浮気は絶対にしないし、将来の夢は運命の人と結婚して幸せな家庭を築くこと。――――よろしく、大木さん」
そう言って差し出された手を見つめる。奈子の頭は、彼の肩に届かないほどに2人の身長差がある。それを示すかのように自分のものよりも随分と大きい手だ。
(うわきくんじゃなくて、うきくんなのか)
奈子は、そんなことを思いながら手を差し出した。しかし、もうすぐ手が触れるというところで声が掛けられる。
「ちょーっと、待ったあっ!!!!」
「うい!?」
掛けられた制止の声と、握り込まれた手。肩を跳ねさせる奈子の手を握り浮気くんを睨むのは、自分の席に戻ったはずの早苗だった。
「む。真田、なぜ止める」
「止めるわよ。逆になんで止めないと思うのか、意味わかんないんだけど!」
「俺は隣の席の者同士、仲良くしたいと思って握手を求めただけなんだが?」
「だ・か・ら! それを止めろって言ってんの! それやって何人の女子を困惑させたかわかってんのか、この顔面詐欺師! 奈子ちゃんを困らせたら許さないからね!」
「それは、君には関係ないことだろ。俺は大木さんと握手がしたいだけだ」
「なんですって!?」
奈子を抱きしめて浮気くんに吠える早苗。彼女の腕の中で、奈子は傾げる。困らせる、とは一体どういうことなのか。
「ハッ、ご、ごめん奈子ちゃん。また急に抱きしめちゃって。あ、あと勝手に下の名前で呼んじゃったんだけど、大丈夫かな」
目を吊り上げていたはずの早苗が、一瞬で眉を下げて奈子を窺う。コロコロと変わるその表情に、瞬きしながらも奈子はハッキリと告げる。
「うん。大丈夫。……私も、早苗ちゃんって呼んでも、い?」
「いいよっ! いいに決まってるじゃん!」
キャー! と声を上げる早苗の胸元に擦り寄る。やっぱり、良い匂いがする。何の匂いだろうか。
「うっ、か、可愛すぎる。え~クラス分けした人ありがとう!」
「おい、真田。邪魔しないでほしいんだが。俺は大木さんと話があるんだ」
「あんたは黙ってなさい、浮気。奈子ちゃんに触ったら、あんたのファンを名乗る集団の所に放り込むわよ」
音が鳴りそうなくらいに、勢いよく浮気くんの顔を指す早苗。しかし、浮気くんはそんな彼女のことなど何も気にしていませんと言った顔で言う。
「それは俺にとっても好都合だが」
「あんたの顔面が大好きな漫研の連中の所に、よ。彼ら、あんたをモデルにしたいって陰で言ってたの。きっといいキャラクターとして書いてくれるわよ。BL漫画の」
「…………ふん。まあ、機会はまだあるしな」
わずかに口元をひくつかせた浮気くんは、机の上を片付けて鞄から財布を取り出す。そして、奈子を見下ろして目を細めた。その目は、握手を諦めた人間のものには思えなかった。
「大木さん。握手は真田のせいで出来なかったけど、隣の席同士仲良くしてくれると嬉しい。今後も色々と話しかけてもいいか」
「……うん。別に、いいけど」
「……そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ。このクラスの女子たちは俺に当たりが強くてね」
「それはあんたの行いが悪い」
「じゃあ、またあとで」
奈子の返事に1つ頷いた浮気くんは、そのまま教室を出ていく。お昼でも買いに行くのだろうか。
「まったく、入学して2週間なんだから、もう少し手法を変えるだとか考えないのかしら。顔面は王子のくせに、昭和男子っぽいから脳がバグるわ」
「昭和男子ってのはちと違うんじゃねーか? 積極的だし。運命の相手探しに」
「運命の相手……?」
いつの間にか寄ってきたらしい篠原を見上げる。浮気くんよりも背の高い彼は、思い切り顔を上げないと目も合わない。
「そ。浮気は運命の相手を探してるんだと。だから入学してからずっと女子に握手を求めてる。あの面だからなあ。最初は嬉々として女子たちも応じてたんだが……」
「今やあいつの握手を受け入れる人間はいないわよ。この学校は恋愛にただ浮かれるだけの馬鹿はいないから。あいつ以外」
「一応、進学校だしな。みんなリスクの方が高いとみて、一気に引いてったもんな。いやあ、変人が多いと言われるが、道理がわかってる奴も多いよな。この学校」
2人のテンポの良い会話に、奈子は瞬く。早苗の頭に手を置いていた篠原は、奈子の疑問に気づいたのかこちらを見下ろした。
「あ、大木さんごめんね。急に会話に入ってきて」
「本当よ。せっかく奈子ちゃんと2人きりだったのに」
「大丈夫。……だけど、何で浮気くんとの握手を止めたの?」
握手するだけなら、害はないんじゃないか。そんな奈子の問いに、2人は顔を見合わせる。眉を寄せる早苗に、頭を掻く篠原。
チラリと早苗を見た篠原は、少しばかり気まずそうに口を開いた。
「あー浮気はさ、――――女に触ると失神して倒れるんだよ。握手した相手、しかも面の良い男が自分の手を握って白目剥いて気を失うんだぜ? そんなの誰でも嫌だろ、ふつーに。それに握手しなくたって学校生活では廊下でぶつかることだってあんだろ。それでいちいち倒れてる男を恋愛対象にする奴はそういないだ――」
『キャー! ちょ、ちょっと大丈夫!?』
『また浮気かよ~。気をつけろって言ってんのに、懲りねえ奴だな』
廊下に目を遣った篠原は、首を傾げて奈子を見る。
「な?」
その言葉に、奈子は首肯する。
確かに。触れるたびに気を失う男を、好きになる女はいないかもしれない。




